17/12/10
やる気と根性が湧いてくる!池井戸潤最新作「陸王」の魅力
今年最後のレビューは、池井戸潤氏の「陸王」(集英社)です。目下放映中のドラマは毎回熱いですね。原作にほぼ忠実に作られているため、小説を読むとよりストーリーが広がります。
舞台は、創業百年の歴史を持つ足袋製造会社でありながら、時代に合わず経営不振にあえいでいる「こはぜ屋」。社長は、ランニングシューズ「陸王」を作るという一大決心をしますが、事業の縮小につれて従業員は年々減り、残っているのは高齢者20名ほど。ベテラン揃いとはいえ人材は限られ、設備は乏しく、銀行からは融資を渋られ、資金繰りが難しいという苦しい状態をうまく切り抜けていくことができるのでしょうか。
ひたすらしぶとく粘るのみ
新しいことを始める時には、常にリスクが伴うもの。ギリギリの自転車操業を続ける、こはぜ屋にとって「陸王」の開発は大きな賭け。失敗すると会社存続の危機に立たされるため、大反対する経理担当者を、社長は「今のこはぜ屋は泥船だ。いつか必ず沈む。これがラストチャンスだ。オレはそれに賭けたい」と言って説得します。
しかし、新規事業への取り組みは、決して楽な道ではありません。素材探し、人材探し、販路探し、そして何より資金の調達。
創業百年の実績とノウハウがあっても、足袋とランニングシューズはやはり別物。手探りで進もうとする中で、いくつもの困難が立ちはだかります。
もがきながらも前を向いて粘る泥臭いこはぜ屋従業員に、スマートなカッコよさはみじんも見られませんが、スタッフが力を出し合い、励まし合って一歩一歩進んでいくしぶとい姿に、読者はグイグイ引き込まれます。
実は悪人はいない
さまざまな試練を越えて、ようやく「陸王」が完成します。次にこはぜ屋の前に新たに立ちはだかったのは、大手スポーツメーカーのA社でした。「陸王」の評判が高まるにつれて、こはぜ屋を疎んじ、出し抜こうと画策し始めます。
とことん嫌な奴らですが(笑)、それは読者がこはぜ屋びいきになっているから感じること。
登場人物にはそれぞれの立場があり、仕事のスタンスも異なります。
人とのつながりを重視するこはぜ屋では、力を出し合って取り組むチームワークがベースですが、徹底した成果主義のA社が展開するのは利益重視のビジネス。競争相手に勝つためには手段を選びません。
また、資金調達先の銀行は、情ではなく数字が第一。融資を渋る担当銀行員は、こはぜ屋を売上データで判断しており、決して嫌がらせをしているわけではありません。突き放す一方で、「陸王」製作用の繊維会社を紹介してくれたりもします。
仕事をするにあたって何を優先するかは、人それぞれ。登場人物は、めいめいの立場のポリシーに基づいて仕事をこなしていきます。
つまり、この物語に本当の悪人は登場しません。それぞれの担当する仕事をそれぞれの立場から眺めることで、さらに物語の厚みを味わうことができます。
働くことの意味
この小説の一番の魅力は、挫折者に寄り添っているところ。
会社を倒産させ、借金取りから身を隠して暮らす元事業主や、いつまでも就職先が決まらずにヤケ気味のこはぜ屋社長の息子、そして足の故障でマスコミにそっぽを向かれ、スポンサーだったA社にもサポートを打ち切られたリハビリ中のランナーなど、絶望を抱える人々が何人も登場します。
社会に否定されたように感じ、自信を喪失して孤独に苦しむ彼らですが、「陸王」をきっかけに自分の居場所を見つけると、見違えるように生き生きとしていきます。
人が働くのは、生活のためだけではありません。いい仕事をして人に感謝され、認められるというやり甲斐があってこそ、頑張る力が湧いてくるものです。ただ、ゆとりがない今の社会は、効率を優先して、どんどん利益至上主義になっていく一方。業績第一、結果重視の息苦しさに、人は押しつぶされそうになっています。
ライバルを蹴落とすサバイバル社会に疲れて、メンタルの病気にかかる人が増えているのは、そのせいでしょう。
本当の悪人がいないと同時に、華やかなヒーローも登場しないこの物語。
こはぜ屋の社長は、決してカリスマ性のあるスゴ腕実業家ではありませんが、仲間を大切にし、周りの協力を得ることで、なんとか「陸王」を世に出しました。
「カッコいいのはオレたちみんなだ。あのシューズを作った全員がカッコいい。みんなで知恵を出し合ってやり遂げたんだ」
幾多の試練に打ちのめされ、めげそうになりながらも地道に粘り続けるこはぜ屋スタッフの姿に読者は自分を重ね合わせ、今の仕事にやりがいを感じているかを考えます。
最後の最後まで話の展開にハラハラドキドキさせられますが、読後感は爽やか。
年末年始の忙しい中でも、やる気と根性が湧いてくる一冊です。
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小野寺 理香 おのでら りか
読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
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