17/09/16
心をつなぐ一通の手紙~『ナミヤ雑貨店の奇跡』
今月のレビューは、近日に映画公開される『ナミヤ雑貨店の奇跡』です。今ではあまり見なくなりましたが、かつては商店街に必ずあった雑貨屋さん。誰にとっても身近で入りやすかったお店で起こった不思議な物語です。
きっかけはとんちクイズ
もともとは、子どもの素朴な問いに店主のおじいさんが「とんち」で答えるという、ちょっとしたお遊びから始まった相談コーナー。
それが話題になって、子どもたちからさまざまな質問が寄せられるようになると、次第に大人たちから深刻な人生の悩み相談もされるようになり、いつしかそちらの方が主流になっていきました。
寄せられた手紙は、オリンピックと恋愛の間で揺れる選手や、愛人契約を持ちかけられたOL、家業を継がずにミュージシャンを目指す青年、両親への不信感に悩む少年などから。
ナミヤ雑貨店は、時には遠慮なく喧嘩腰で相手を叱り飛ばしながらも、寄せられた相談のすべてにきちんと向き合って返信していきます。
地元に愛された雑貨屋さんでしたが、時代の波には逆らえず、やがて店をたたむこととなります。閉業してからも悩み相談の手紙は店に舞い込み、おじいさん店主はそのたびに返事を書き続けました。困っている人を助けたいという気持ちのほかに、妻に先立たれた一人暮らしの寂しさをそうやって紛らわせていたのです。
思いやりの奇跡
実は、おじいさん店主が生きていたのは、33年前のことでした。今でも雑貨店の建物は残っているものの、すっかり廃墟と化しています。
そこに逃げ場を求めて忍び込んだコソ泥たちが、店にあった雑誌の紹介記事を見つけたことで、そのことが明かされます。
人の相談に答えることは、大きな責任を伴うもの。博士のように優れた頭脳を持つわけでも、壮絶な冒険をくぐり抜けてきたわけでもない、平凡な雑貨屋の店主が、深刻な人生相談に乗っていいものかと、返信を書き続けながら長年悩んできたおじいさん。
自分の返信を読んだ相手がどんな人生を送ったのかを、死の間際まで気にしていました。
誰でも自分が送った手紙の返事は気になるものですね。そうした、人を思いやる優しい心が、奇跡をもたらします。といっても、天国のおじいさんからの返事が届くようなファンタジーではありません。どんなミラクルが起きたのかは、読んでのお楽しみです。
真っ白な手紙への返信
誰もがそれぞれに悩みを抱え、人生をどう進んでいくべきかと迷っています。
そんな不安定な中で、顔も知らない相手に真摯に向き合い、アドバイスを与え続けるということは、なかなかできないこと。
善意によるナミヤ雑貨店からの返信にたくさんの人々が救われましたし、ナミヤ雑貨店の方もまた、人に頼られることが生きがいになっていました。助けているようで助けられている、人と人とのあるべき関係です。
深刻であればあるほど、言葉で悩みのすべてを語りつくすことはできないもの。メッセージをもらった人の受け取り方次第で、アドバイスは良いものにも悪いものにもなります。
晩年のおじいさん店主の元に寄せられた手紙の中に、何も書かれていない真っ白な紙が入っていました。
「いたずらだから、放っておくように」という息子をしり目に、店主は弱った身体をおして、最後の返事を書きます。
その真っ白な手紙へのナミヤ雑貨店からの返信に、誰の目にも涙がじんわりにじむことでしょう。
たとえ知り合いではなくても、顔さえ知らなくても、悩みを打ち明けられる相手がいるというのは心強いもの。
そして自分を頼って相談してくれる相手がいるというだけで、人は心慰められ、勇気づけられるものです。
こんな雑貨店が近くにあったらいいのになあ、と誰もが思うことでしょう。
ネットのない時代だからこそのささやかな人とのつながり。便利な世の中になって忘れていた優しさを、久しぶりに思い出せる物語です。
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小野寺 理香 おのでら りか
読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
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