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17/08/16

トレンド

シンプルライフのすばらしさ、「夏の朝の成層圏」

夏真っ盛りの8月。夏のバカンスというと、まぶしい海や南の島を連想しますね。
今回の物語の主人公は、南の島で暮らす一人の青年です。ところが、あまり楽しそうではありません。
どうやら漂流して無人島に流れ着き、孤独なサバイバル生活を送っているようです。

助けを呼ばない青年

はじめのうちは、青年がどんな人物なのか全くわかりません。助けを待ちながら椰子の実や貝を採って生き延びていますが、いつまで待っても救助船は現れません。そんな中、隣の島に渡った彼は、生活環境が整った無人の家を見つけます。

これでひと安心ですね。食料庫には備蓄があるし、いずれ人もやって来るでしょう。ところが青年はそこに移り住まず、再び元の粗末な小屋に戻りました。衣食住が保障されるのに、なぜでしょう。

そののち、隣の島にボートがやって来ました。人間がすぐそこまで来ているのに、青年は物陰に隠れて姿を現しません。
いざ待ち望んでいた救助が近づくと、とまどい混乱してしまったのです。必死に生きるうちに、無人島生活になじんでいた彼は、忘れかけていた文明社会の突然の出現に驚き、動けなくなっていました。

青年と老人の風変わりな交流

自然の中で、いつしか他人と向き合えなくなっていた青年。人間の順応性ってすごいですね。島に残った一人の老人ともすぐには交流できず、時間をかけて徐々に距離を縮めていきました。
二人の会話から、ようやく彼が遠洋マグロ漁の取材中に船から落ちた日本人ジャーナリストだと判明します。老人は、どこに行っても顔が知られているために誰もいない無人島にやってきた、往年のハリウッドスターでした。

現実から引き離されて島に流れ着いた青年と、現実と距離を置くために自分の意志で島にやってきた老人。あばら家でのサバイバル生活と、別荘でのバカンスライフ。島での過ごし方はお互い全く違います。
ただ見方を変えると、救いを求めて寄る辺なく漂流しているのは、むしろ老人のように思えます。社会的地位があっても心に空虚感を抱えて、逃げ場を求めている現代人は多いのではないでしょうか。

自然の恵みに癒されて

やがて島を出る時が来た老人に同行を求められても、やはり青年は首を縦に振りません。待ち焦がれていたチャンスなのに、帰りたいと思わないのはなぜでしょう。全てと縁が切れたままでも構わないという気持ちの強さに、本人も驚いています。

いつしか彼は、島での何もない生活に心地よさと安らぎを感じていました。それまでの人間関係や物質的な満足を忘れて自然の恵みだけで生きていくことで、青年は生きている実感を得られたのです。そのため、元の世界に戻っていくことをためらったのでしょう。

文明社会から距離を置くことで、隠されていた毒に気づいた青年。そこには、身近なスマホ依存やネット疲れに始まり、自然破壊や環境汚染といった大きな問題も含まれます。人々がより便利な生活を求め続けることで、その陰にある犠牲を増やしているという状態。南の海の無人島暮らしという非現実的な日々の中に、現実世界への批判を含んだこの物語は、青年の成長物語を描くと同時に、社会への深い問いかけを含んだものになっています。

ひとり島に残った青年は、その後どうなったのでしょう。戻るか留まるか悩みぬいた彼が最後に決断を下すところで、物語は幕を閉じます。
波間に浮かぶ水鳥、海に沈む太陽、風にそよぐ椰子の樹、手が届きそうなほどに近い星々。過酷な自然に馴染んでしまえば、彼がいるのは夢のように鮮やかで美しい世界。

読んでいると、自分も現実社会を忘れて、雄大な自然の中で過ごしたくなってきます。おりしも頃は夏休みの時期。忙しい毎日から少し離れて、キャンプやロッジでスローライフを送り、自然をより身近に感じるのもいいですね。

【読書ブロガー小野寺理香のブックレビュー】記事
全バックナンバーはこちら
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本を開けばメロディが聴こえる。「蜜蜂と遠雷」
シンプルライフのすばらしさ、「夏の朝の成層圏」

小野寺 理香 おのでら りか

読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
ブクログ「本のツバサ」

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