17/07/14
本を開けばメロディが聴こえる。「蜜蜂と遠雷」
7月は、直木賞と本屋大賞のダブル受賞に輝いた、恩田陸著の「蜜蜂と遠雷」をご紹介します。
蜜蜂が飛んでいそうな、明るい装丁。タイトルからは全く想像できませんが、ある国際ピアノコンクールの、始まりから終わりまでの流れを追ったストーリーです。
話題のダブル受賞作
音楽をテーマにした作品といえば、「のだめカンタービレ」が話題になりましたね。あの時は、ドラマ化、映画化、そして登場する曲をまとめたCDもリリースされました。
ただ、「のだめ」はギャグ要素が強く、笑いながらすいすい読めるコミック。「蜜蜂と遠雷」は、500ページにわたる文字だけの長編物語で、ちょっと読むのをためらう分厚さです。
それでも、途中で読書のモチベーションが下がることなく、最後までわくわくしながら読み続けることができました。
見方を変えれば密室ドラマ
ストーリーは、ピアノコンクール会場で展開されるドラマにほぼ絞られています。
限られた場所での物語なので、意外性がさほど期待できないシチュエーション。
でも、見方を変えれば、密室ドラマになりますね。
ミステリー作家でもある著者。この作品にホラー要素はありませんが、エントリーから三回にわたる予選、最後の本選に至るまで、出場者は常にふるいにかけられ、演奏のたびに人数が大幅に減っていきます。それはある意味、先の見えないミステリーだともいえます。
また、参加者の中のひとりの無名の少年が、今は亡き天才ピアニストの弟子であったことが判明し、関係者に大きな衝撃を与えています。少年の持つ未知の才能と彼を世に送り出したピアニストの思惑は、コンクール上での大きな謎。作品のタイトルにも関係しています。
まばゆいキャラクターたち
ピアノコンクールの出場者は十代から二十代。プロ顔負けの堂々としたピアノ演奏を披露しても、ステージを降りると、一人一人が喜怒哀楽の豊かな、年相応の若者たちに戻ります。
中でもクローズアップされたのは、ルックスも演奏も完璧な優勝筆頭候補のジュリアード音楽院生に、エントリー年齢制限ギリギリで今回がラストチャンスとなる妻子持ちのサラリーマン、幼くしてデビューしたものの突然表舞台から消え、長い空白期間の後に再び姿を現した天才少女と、養蜂家の父と各地を渡り歩いて暮らし、「蜜蜂王子」と呼ばれる天衣無縫な少年。
4名ともまばゆさのある、個性的なキャラクターで、(映画化されることになったら、配役は誰になるのかな)なんてあれこれ考えたりします。
コンクールと並行して語られる、彼らの出場理由やピアノへの情熱、そして本番に向かう思い。
どんなに技術があって有望株だと期待されていても、審査される側である以上、心配と懊悩(おうのう)は尽きないもの。
それぞれが苦悩や葛藤と闘いながら練習を重ね、他の出場者と互いに意識し合い、影響し合い、時に支え合って、コンクールに立ち向かう様子を知るうちに、読者は登場人物に親しみを感じ、いつしか彼らと一緒に一喜一憂するようになっています。
かなり、ドキュメンタリー番組に近い構成になっている物語です。
文字から響く音楽の数々
本を開いても音は鳴りません。文章で音楽を感じるのは難しいことだと思っていました。
著者はこの物語で、その不可能性に真っ向から挑戦しています。深い音楽の知識と表現力を駆使して、コンクールでの演奏の様子をさまざまに書き表しているのです。
作中に音楽の描写がある時、読者は記憶の中の旋律を思い起こしながら読んでいきます。
そのため、見知らぬ曲名が登場した場合、通常ならば途方に暮れてしまうところですが、ここでは著者の豊かな表現が想像力の助けとなって、曲の雰囲気を感じることができます。
その表現の量の多さに、圧倒されるばかり。
はじめは何も聴こえてこなかった紙面でしたが、いつしか頭の中には、最終本選で演奏されるオーケストラつきの交響曲まで鳴り響いていました。
先の見えない不安を抱えながらも、惹かれるままにピアノに向かい、地道に技術を磨いて、自分の感性を頼りに進んでいく、ピアニストたちの道。
それは、著者が歩む作家の道と重なるように思われます。文学を音楽に置き換えて、自分を振り返りながら筆を進め、丁寧にまとめあげたのがこの作品でしょう。
直木賞と本屋大賞という、タイプの違う二つの文学賞に評価された、著者の自信と覚悟が見える長編物語です。
【読書ブロガー小野寺理香のブックレビュー】記事
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小野寺 理香 おのでら りか
読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
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