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17/10/18

トレンド

怒るパワーがたのもしい!「九十歳。何がめでたい」

今月は、昨年の発刊から大ヒット中の佐藤愛子氏のエッセイ「九十歳。何がめでたい」をご紹介します。
表紙のイラストのかわいらしさに気を取られてはいけません。中を開くと著者の怒りとボヤキがぎっしりと詰まっています。

大人気のヤケクソエッセイ

迫力のあるタイトルに、敬老の精神を持つ人々は「え?」ととまどうことでしょう。本人曰く「ヤケクソでつけた」とのこと。本音は「卒寿?ナニがめでてえ!」だそうですから、これでも少しはマイルドな言い方になっています。

卒寿と祝される九十歳の方には、やはりおめでとうと言いたくなるものですが、そうした人々を「だまらっしゃい!」と一喝してビシリと黙らせる強烈な一言。身体のあちこちに不調が出るようになった当人にとってみれば、高齢はそんなきれいごとでは済まされないと本音が語られます。

年齢を感じていよいよ小説家を引退しようと思った後に頼まれたというこのエッセイ集。力を振り絞って「ヤケクソで書いた」ということですから、つまりは本全体がヤケクソパワーに満ちています。その生き生きとした歯に衣着せぬ物言いは、若々しくさえ思えます。

便利で効率よい現代社会が、メカに疎く五感が衰えつつあるシニアにとっていかに暮らしづらいかを、グイグイと語る著者。スマホを持たないとかえって不便な世の中や、静音になり接近してもわからなくなった自転車の危険性など、使っている側からすると気がつかないことにハッとします。

その怒り方は半端なく、長年生きてきただけのすごみがあります。ご高齢のご老人といったら、きんさん・ぎんさんのように座布団にちょこんと座ってニコニコしている人を連想しますが、著者は、スマホの是非を説く人に「てめえが発明したわけでもないのに、えばりやがって。てめえの頭と身体を使って生きてみろ!」と心の中でたんかを切るのだそう。完全に戦闘モードで、温厚な好々爺(こうこうや)というお年寄りのイメージがガラリと変わります。

怒りっぽいが情にもろい

そんな怒りっぽい著者ですが、情にもろいところもあります。自分の別荘の前に子犬が棄てられていた時には、見捨てた人にさんざん毒づきながらも、東京の家に連れ帰って飼い犬として育て、最後まで面倒を見ていました。おそらく表紙のイラストのワンコです。
その犬とのエピソードは、涙もの。この人は、怒りだけでなく、喜怒哀楽が豊かな人なのでしょう。

戦中・戦後の混乱の中を生き、まだ自立して働く女性が少なかった時代に夫と離縁した著者。女手一つで子どもを育てていくのは、相当大変だったはずです。自分の力で生きていくために、理不尽な社会への怒りを原動力としていたのかもしれません。
トラブルに遭うと分かっていながら突っ走っていく猪突猛進型の性格が災いして、人一倍苦労も多かったようですが、その分たくましさとしぶとさをしっかりと身につけた、へこたれないタフな人です。

ところで著者の近所に、故・遠藤周作氏が住んでいたそうですが、学生時代の彼のあだ名は「ソバプン」だったとのこと。そばに行くとプンと臭うから、ソバプン。亡くなった後にそんなことを暴露されて、大作家も天国で苦笑いしているでしょうね。

元気なシニアは社会のスパイス

シニアのリアルなぼやきは、現代日本が失ったものへの回顧と重なります。
長く生きている人は、時代の移り変わりで失われた昭和期の古き良き日本を懐かしみます。
今ではスマホでなんでも調べられるようになりましたが、著者は「努力をしなくてもすぐ答えが出るものが行き渡ると、人間はみなバカになる」と嘆きます。

文明の進歩により、人々の暮らしが豊かになった反面、美徳や精神力が減ってしまったと嘆く著者。今後は文明を進歩させるよりも、人間のすこやかな心を取り戻した方がいいと訴えています。
よりよい生活を目指して、テクノロジーの進化は日々進んでいきますが、こういったお年寄りの忠告に耳を傾けることも必要ですね。

今の日本は閉塞感が漂う、息苦しいものになっています。なにごともあきらめがちな若者に「ふりかかった不幸災難は、自分の手で振り払うのが人生修行だ」とカツを入れる著者。したくないこと、出来そうもないと思うことでも、力を振り絞ってブチ当たれば人間力が養われると言います。
元気がない若者が増えた今、威勢のよいかくしゃくとしたお年寄りの存在は大切です。社会に遠慮のない元気なシニアが今の日本を回していると言ってもいいかもしれません。

全編を通して「いちいちうるせえ!」とカッカと怒り続けている著者ですが、慣れてしまえばその活きのよさがむしろ頼もしく感じられるもの。
人は誰しも、年を重ねて高齢者になるのは不安ですが、こうした血気盛んな大先輩がいると「自分もヤケクソでがんばれば、年を取ってもきっとなんとかなるだろう」という安心感が得られます。

言いたいことも言えない窮屈な時代に、歯に衣着せぬ物言いで社会をバサバサと斬っていく様子は、いっそ小気味よく、読後感が妙にスッキリ! 人気が続いていることにも納得です。
シニアにも読みやすい大きめ文字になっている、全年齢対象の一冊です。

小野寺 理香 おのでら りか

読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
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