17/11/17
静かな悲しみが心を揺さぶる「わたしを離さないで」
今年のノーベル文学賞は、日系イギリス人作家のカズオ・イシグロ氏が受賞しましたね。実は彼のデビュー作を恩師が翻訳しているので、感慨深いものがあります。
久しぶりに「わたしを離さないで」を読み返しました。2005年に出版されたこの小説は、高い評価を受けて映画化されています。日本でも舞台化、ドラマ化されており、いろいろな形でご覧になった方もおいででしょう。
とっつきやすいタイトルですが、ずっしりと重いストーリー。さりげない語り口調で物語は始まります。
穏やかな中に感じる違和感
1990年代イギリスの森の中にある、ヘールシャムと呼ばれる寄宿舎のような施設。そこで生まれ育った主人公キャシーの子ども時代が、彼女の回想で語られます。一見平和で穏やかな日々ですが、ノスタルジックな思い出の中にどこか感じる違和感。
親からも社会からも隔離された環境で、やけに奨励される図画工作の授業や毎週行われる健康診断、それを見守る教師たちの奇妙な態度。
話が進んでいくにつれ、モヤモヤとした気持ちはさらに大きくなっていきます。
大人になったキャシーは、介護人として「提供者」たちの世話をしています。
「提供者」とは、いったい何を提供する人なのでしょう。
彼らが生まれながらに持った運命が、次第に明かされていきます。
犠牲となるために生まれた運命
物語を取り巻いていたモヤが晴れ、真実が見えた時には愕然としました。自分を犠牲にして、一般の人間に協力するために育てられた彼ら。宿命を受け入れ、諦めから静けさを保つ彼らの姿が、悲しみを誘います。
少しでも長く生きたいという思いは皆一緒なのに、彼らの希望は一切受け入れられないという状況は、読んでいて切なくなるばかり。
親の面影を求めて、外見や仕草が自分に似た人を街で見つけ出そうとする彼らのいじらしさに、ロボットが母親を探す映画『A.I.』を思い出します。
しかし、彼らが親として思い描く上層階級の人は、人道的な面から彼らの存在を認めず、実際の親代わりの人間は、お金目的の下層階級の人だという残酷な事実。
手術を受けるたびに弱っていく「提供者」とそれを見守る「介護人」。彼らの死を“終了した”というところにも、世の非情さが出ています。
深く考えさせられるテーマです。
人道に反していると思っても、いざこの問題に直面したら、人は誰でも手段を選ばず、彼らを犠牲にするかもしれません。どれほどつましく生きていても、人々は彼らを否定し、家畜とさほど変わらない役割を強いるという事実に愕然とします。
人は、自分たちにとって都合の良い面しか見ようとせず、その陰で犠牲となる彼らの悲しみを知ることはないのです。
彼らは恋もしますが、そこに甘い雰囲気はありません。自分たちだけでは生きられず、後世に子をなせないことで絶望感にさいなまれ、悲しい結末を迎えます。
どうもがいても、彼らが背負う残酷な運命を乗り越えることはできないのです。
タイトルの意味を考えてみる
小説のカバー装丁は、カセットテープ。
題名の「Never let me go(わたしを離さないで)」という歌が収録されているものです。
この曲で踊る幼いキャシーを見て、ひとりの女性が涙したシーンが印象的。
何の罪もない無垢な子どもたちが、いずれ背負う十字架の重さを知ってのことだったのでしょう。またこのタイトルは、愛を求めても決して得られることのない彼らの嘆きのようにも思えます。
100年前でも近未来でも起こりうる、時代を越えて普遍性のあるSF。
今でもこの世界のどこかに、キャシーたちがひっそりと存在しているようなリアリティが迫ってきて、ひやりとします。医学の進歩は近い将来、このような恐ろしくもやるせない未来を招くことになるのかもしれません。
荒れ狂う心を押さえて、自分たちに課されたつらい運命を静かに受け入れる彼ら。
激しい表現はなく、全編を通して抑えのきいた文章が、なおさら行間にあふれ出す悲しみを伝えてくる名作です。
秋の夜長に、命の尊さについて考えてみてはいかがでしょうか。
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小野寺 理香 おのでら りか
読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
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