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24/12/04

相続・税金・年金

定年後働きすぎると年金がカットされる「在職老齢年金」4つの問題点

定年後働きすぎると年金がカットされる「在職老齢年金」4つの問題点

みなさんは、賃金を得ながら年金を受給していると、「在職老齢年金」という壁があることを知っていますか。基準額を超えると、厚生年金の一部または全部が支給されなくなるこの壁をめぐっては、これまでもさまざまな問題点が指摘されてきました。そこで今回は、高齢期を迎えても仕事に就くことが当たり前になった現代において、「働き損」と言われてもおかしくない在職老齢年金の問題点を見ていきましょう。岸田首相(当時)も見直しに言及した2024年。今後注目すべき議論のポイントも解説します。

2024年度は「50万円の壁」!在職老齢年金による支給停止ルール

「在職老齢年金」とは、加給年金を除く老齢厚生年金(報酬比例部分)と月額給与(1ヶ月あたりの賞与額を含む)の合計額が月50万円(2024年度)の基準額を超えていると、老齢厚生年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。この基準額(支給停止調整額)は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む)をベースに設定されています。

例えば、月額給与が50万円で、本来の老齢厚生年金額が月10万円としましょう。給与と老齢厚生年金を合計した60万円は、基準額の50万円を10万円上回りますが、在職老齢年金では、このうち「2分の1」に相当する5万円が支給停止の対象です。老齢厚生年金は月10万円のままで月額給与が60万円以上になると、全額が支給停止となります。

<在職老齢年金による調整後の年金支給月額(赤枠が調整対象)>

筆者作成

在職老齢年金による支給停止を考慮した年金見込み額は、公的年金シミュレーターやねんきんネットの試算ツールでも簡単に知ることができます。

なお、在職老齢年金はあくまで厚生年金における仕組みです。したがって、1階の基礎年金部分に支給停止が及ぶことはありません。このケースで老齢基礎年金を月6万円受給できるのであれば、「給与:50万円、老齢厚生年金(調整後):5万円、老齢基礎年金:6万円」を足した61万円が毎月の収入額となります。

「高齢者の就労」と「現役世代の負担」の観点から見直されてきた在職老齢年金

厚生年金がほぼ現在の姿になったのは、今から70年前の1954年。当時は、年齢のほかに「退職」を支給要件としていましたが、仕事に就いている人にも特別に年金を支給する意味合いで1965年に創設されたのが「在職老齢年金」です。以来、在職老齢年金は「就労を阻害しない観点」と「現役世代への負担に配慮する観点」、2つの観点から見直しが行われてきました。

<在職老齢年金の変遷(1985年改正以降)>

筆者作成

近年では、2020年の改正(2022年4月1日施行)によって、60代前半の在職老齢年金における基準額が緩和(28万円→2022年度:47万円)、65歳以上と同じ金額にそろえられたことは記憶に新しいところです。その見直しもまた、在職老齢年金が「特別支給の老齢厚生年金」の受給権を持つ60代前半の就労に及ぼす影響が確認されたこと、(女性を中心に)就労を支援する背景がありました。

一方で、度重なる改正を経てもなお、撤廃やさらなる見直しを求める声が上がるのはなぜでしょうか。

在職老齢年金をめぐる4つの問題点

ここでは、在職老齢年金で見落としがちなポイントも押さえながら、在職老齢年金の根本的な4つの問題点を紹介します。

●在職老齢年金の問題点(1):支給停止となった部分は戻ってこない

残念ながら、基準額を下回るか退職をしても、在職老齢年金で過去に支給停止となった部分が戻ってくることはありません。一般的な生活水準で考えると、支給停止対象者が現在の生活に困ることはないでしょう。しかしながら、子育て等が重なり老後資金をこれまで用意できなかった人にとっては、カットされた年金は重要な老後資金の位置づけだったはずです。

社会保険料方式を採用している公的年金制度は、保険料の拠出に見合った給付を行うことが原則であり、在職老齢年金の制度はあくまで例外的な仕組みとして発展してきました。今後ますます仕事に就く高齢者が増えると予想される中、年金受給者の就労と報酬を特別視することが果たして適切なのか、年金の給付水準が充実する効果が得られないのではないかといった指摘が、厚生労働省の審議会でも示されています。

●在職老齢年金の問題点(2):カットされた部分は繰り下げによる増額の対象外

「どうせ年金がもらえないなら、受給開始を繰り下げて増やそう」と思う人も多いはずです。しかしながら、在職老齢年金によって支給停止となる部分は増額の対象に含まれません。例えば、在職老齢年金の支給停止ルールによって、本来は10万円の老齢厚生年金が5万円になったとしましょう。70歳から受け取る場合の増額率は42%ですが、繰り下げ加算額は「4.2万円(10万円×42%)」ではなく、「2.1万円(5万円×42%)」となるので注意が必要です。なお、全額が支給停止されていると、繰り下げによる増額はありません。

<在職老齢年金と繰り下げ加算額の関係>

日本年金機構「2023年度全国年金委員研修資料」より

当時の安倍内閣がとりまとめた「骨太の方針2019」では、繰り下げ受給の拡大と在職老齢年金の「将来的な廃止」をセットで議論する方向性が示されました。個々人の生活スタイルに合わせて75歳まで受給開始を繰り下げられるようになった今、在職老齢年金制度側の改革が待たれるところです。

●在職老齢年金の問題点(3):高齢者の就労意欲に対する影響

就労と年金の組み合わせの選択で損得が発生しないよう求める声が多く上がっていることは言うまでもありません。65歳以上の在職老齢年金については、「働いても不利にならないようにすべき」という考えのもと、緩やかな減額方法が従来から採用されてきましたが、実際には60代後半の約3割、70代以上の約2割が、「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら会社などで働く」と回答しています。

<厚生年金を受け取る年齢になったときの働き方>

内閣府「生活設計と年金に関する世論調査(2023年11月調査)」より筆者作成

就労意欲はあるにも関わらず年金制度が「働き控え」を招いている問題について、これまで在職老齢年金の廃止に慎重だった日本経済団体連合会(経団連)もまた、2024年9月に「将来的な廃止」を求める見解を示しました。

経団連の方針転換は主に、深刻な人手不足への対応が念頭にあると思われますが、さらに興味深いのは、「在職老齢年金に対応するため」に65歳以上の賃金制度、水準を変更した企業が一定数あるという指摘です。高齢者も経済活動に積極的に参加し、社会を支える側に回ってもらうのであれば、働き方に中立的な制度に見直す動きは急務と言えるでしょう。

●在職老齢年金の問題点(4):就業形態等の違いによる公平性

在職老齢年金による支給停止対象を改めて振り返ると、厚生年金の適用事業所で働く被保険者および70歳以上の人の賃金です。請負契約、顧問契約で働く収入や不動産収入、配当収入、資産額などは、対象に含まれないことから、従来その公平性が指摘されてきました。

そして、支給停止を回避するための策として、あえて自営業を選択するケースもよく見られます。2022年4月からは、年金を受給しながら働く65歳以上70歳未満を対象に、働いた分だけ老齢厚生年金の額が年に1回反映されることになりました(在職定時改定)。就業形態の違いによる不公平さがあるために、高齢者が適切な働き方を選べていない点はやはり、在職老齢年金の問題点として指摘せざるを得ません。

在職老齢年金の見直しに政府・与党も意欲

「骨太の方針2019」において、在職老齢年金の「将来的な廃止」を含めた議論が提起されたことは、先ほど紹介したとおりです。当時は野党からの反発もあり、廃止に向けた議論は頓挫しましたが、2024年4月に岸田首相(当時)が、高齢者の就労促進を念頭に置いて「次期年金制度改正に向け丁寧に議論を進めていく必要がある」ことを日本経済新聞のインタビューで答えています。

その後、2024年9月に岸田内閣(当時)がとりまとめを行った「高齢社会対策大綱」では、「働き方に中立的な年金制度」の構築を目指すことが明記されました。翌月行われた衆議院選挙でも、自民党が年金制度について、「高齢者が働きやすい仕組み」とすることを政権公約に掲げるとともに、連立与党を組む公明党も「在職老齢年金の見直し」をマニフェストで打ち出していた点に注目です。

その他、2024年9月の自民党総裁選に出馬した高市早苗氏が、総裁選を通じて在職老齢年金制度の「大胆な見直し」を主張していたことはあまり知られていません。在職老齢年金が、人手不足の中でも就労時間調整の一因となっている点、「働く意欲を阻害しない」「努力をした人が報われる」制度に向けて、その整備の必要性を訴えた高市氏の主張はまさに、今回紹介した在職老齢年金の4つの問題点に通ずるものです。

在職老齢年金の見直しによる年金財政・現役世代への影響

ここまで、在職老齢年金の問題点、政府・与党や経済界が見直しに前向きな姿勢を見せていることを紹介してきましたが、今後の具体的な方向性や案はまだ示されていません(2024年11月15日時点)。

65歳以上の老齢厚生年金受給者のうち、2022年度に支給停止されていた人の数は50万人(受給者全体の16%)で、その停止額は4,500億円。在職老齢年金の撤廃もしくは基準額の引き上げた場合、増加する給付額をどこからまかなうのか、現役世代とのバランスも見ていく必要があります。

<65歳以上の在職老齢年金を見直したときの影響額>

厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要」より筆者作成

また、2024年7月に公表された公的年金の「財政検証」では、65歳以上の在職老齢年金を撤廃した場合、厚生年金部分の給付水準が将来にわたって0.5%低下することが明らかになりました。

これらの話を聞くと、在職老齢年金の見直しにマイナスの印象を持つかもしれません。しかしながら、在職老齢年金を議論するうえでは、年金制度のみならず、高齢者の労働参加が経済にもたらすメリット、税金や各種社会保障制度における保険料負担の面で支え手になることなどを、総合的に考える必要があると言えるでしょう。被保険者(厚生年金保険は70歳未満)の増加が、年金財政にプラスの効果をもたらすこともまた、財政検証でも明らかになった重大な事実の一つです。

撤廃?引き上げ?見送り?2025年は在職老齢年金に注目

今回は、厚生年金と賃金の合計額が基準額を超えると、年金額の一部または全部が支給停止となる「在職老齢年金」の仕組みや問題点、今後政治の場で想定される議論のポイントについて解説しました。政府・与党、経済界、およびメディアを通じて、在職老齢年金が盛んに取り上げられた2024年。「働き損」と言われてもおかしくない在職老齢年金は、すでに年金を受給している、もしくは受給を目前に控えている人だけに関係する話ではありません。

働き盛りの現役世代にとっても、老後資金づくりやこれからの働き方を大きく左右するだけに、2025年に本格化する年金制度改正の行方に注目です。とりわけ、在職老齢年金の撤廃・見直しそのものが、持続可能な経済社会に向けた一つの起爆剤として期待されている点は、これまでとはまた違う側面と言えるでしょう。

神中 智博 ファイナンシャルプランナー(CFP®)

1992年宮崎県生まれ。関西学院大学会計大学院を修了後、NTTビジネスアソシエ西日本で、NTT西日本グループの財務や内部統制等の業務に従事。2022年10月に兵庫県神戸市で独立系FP事務所ライフホーカーを開業し、現在に至る。家計相談に加えて、公的年金や確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)を活用した資産形成に関するテーマを中心に、執筆・講演活動も展開。「老後不安バスター」として、だれもが老後に向けて自信を持てる社会を目指して奮闘している。CFP®(日本FP協会認定)の他、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、1級DCプランナー、企業年金管理士(確定拠出年金)、一種外務員資格等を保有。
X(旧Twitter)→https://twitter.com/lifehawker

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