24/11/05
「60歳退職→65歳年金開始」空白の5年間のお金はいくら準備すべきか
社会の荒波に揉まれながら、頑張って働いてきた50代のみなさんのなかには、60歳で定年を迎えたら仕事をスパっと辞めて、悠々自適なくらしを思い描いている方もいるかもしれません。そんなみなさんが頼りにしている年金の受給は、原則65歳から。では、年金をもらい始めるまでの5年間に向けて、資金をいくら用意する必要があるのでしょうか。今回は家計収支に関する国の統計も参考に、定年後に待ち受けるお金の真実と望ましい対策を紹介します。
60代前半の無職世帯(二人以上)の家計は毎月13万円の赤字
60歳で定年を迎えた人の約9割が継続雇用を選択するなど、60代前半の男性の84.4%、女性の63.8%が仕事に就いている今、60代前半に働かない選択肢をすると家計がどうなるのかを考える機会は案外少ないのかもしれません。
●毎月13万円の赤字に潜む意外な落とし穴
総務省統計局の「家計調査年報(家計収支編)2023年」によると、世帯主が60~64歳の無職世帯(二人以上)における毎月の黒字額は▲128,835円。これは、実収入195,208円と、直接税や社会保険料といった非消費支出を含む実支出324,043円との差額です。この毎月約13万円の赤字を貯蓄等で埋めようとすると、65歳からの年金スタートまでの5年間で約780万円の資金が必要となります。
<二人以上の世帯のうち無職世帯における1ヶ月間の家計収支>
総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)2023年」より筆者作成
しかしながら、この約20万円の実収入のうち、7.2万円は配偶者を含む家族による収入、7.4万円が公的年金給付によるものです。したがって、これらを考慮しない(できない)のであれば、月285,152円の消費支出額すべてを自分でまかなわなければなりません。その金額は、65歳からの年金スタートまでの5年間でなんと約1,700万円にのぼります。
●無職世帯では年金をもらい始めてからも赤字が続く
ちなみに、大学卒(管理・事務・技術職)の定年退職者の平均退職給付額は、2023年の調査によると1,896万円。「60代前半の赤字は退職金でまかなえるのでは?」と思うかもしれません。
65歳以上の無職世帯ではたしかに、公的年金給付による収入によって、毎月の黒字額は▲30,203円で黒字率は▲13.6%と、その家計収支は大きく良化します。しかしながら、赤字の状態が変わらず継続することは、65歳以上の夫婦からなる無職世帯(黒字額:▲37,916円、黒字率:▲17.8%)でも同様です。つまり、60歳でのリタイアを考えるのであれば、65歳で年金をもらい始めるまでに必要な資金のみならず、それ以降もまだまだ長く続く老後全体を見据えた資金計画を立てなければなりません。
なお、実際の生活水準は個人や家庭によってそれぞれ。これまで紹介した数字はあくまで統計上のものであることに注意しましょう。統計上は「実支出以外の支払い」に含まれる住宅ローン等の返済も、見落としがちなポイントです。
年金の繰り上げ受給の落とし穴もチェック
60代前半の無職世帯における家計の厳しい現実を目の当たりにして、年金の受給開始を65歳より前に繰り上げて、60代前半の生活費に充てることを考えたくなるかもしれません。年度末時点における70歳の老齢基礎年金受給権者の状況を見ると、繰り上げ率は年々低下しているものの、一度請求をすると取り消しができない繰り上げ受給には、慎重な判断が必要です。ここでは、繰り上げ受給に潜む3つの落とし穴を紹介します。
●繰り上げ受給の落とし穴①:年金額は終身減額されたまま
繰り上げ請求をすると、年金額は繰り上げた期間だけ減額となります。その減額率は、1ヶ月繰り上げるごとに0.4%(1962年4月1日以前生まれは0.5%)です。
例えば、(老齢基礎年金を含む)年金額180万円の人が、60歳に到達してすぐ繰り上げ請求を行うとしましょう。減額率24.0%(0.4%×60ヶ月)を反映した136.8万円が、亡くなるまで支給されます。
そして、「60歳から年136.8万円」と「65歳から年180万円」のパターン、それぞれの額面ベースでの支給総額にも注目です。私たちはいつ寿命を迎えるか分かりませんが、80歳10ヶ月よりも長生きをすれば、65歳から受給を開始した方が支給総額は上回ります。平均寿命こそ男性約81歳、女性約87歳ですが、これは0歳の赤ちゃんの平均余命。出生者の半数が生存する「寿命中位数」や亡くなる人が最も多い「死亡年齢最頻値」をみると、もっと長生きする人が多いことがわかります。
<寿命に関する指標>
厚生労働省「令和5年簡易生命表」より筆者作成
60代前半から毎月の赤字を貯蓄等から補てんしている無職世帯では特に、想定以上の長生きで貯蓄が底を尽きるリスクへの対応において、繰り上げ受給の脆さを指摘せざるを得ません。
●繰り上げ受給の落とし穴②:国民年金の任意加入や追納ができなくなる
リタイアが早ければ早いほど、年金収入を最大化するための対策を打っておきたいものです。しかしながら、国民年金保険料の未納期間や免除期間、年金額の算定には含まれない合算対象期間(カラ期間)があるために、今のままででは基礎年金の受給資格期間(10年)を満たさない、もしくは満額(2024年度:月68,000円)もらえない人は、特に注意してください。実は、繰り上げ請求をした時点で、保険料の追納や60歳以降の任意加入はできなくなってしまうため、これ以上、基礎年金額を増やすことができなくなってしまいます。
2024年度の基礎年金額を水準に考えると、任意加入1ヶ月で1,700円、1年で20,400円、それぞれ年金額を増やすことができます。ちなみに、2024年度の国民年金保険料は16,980円です。ついつい保険料の負担という短期的な視点で判断しがちですが、約10年(75歳)で元が取れて、それ以降の長生きに対応していることを忘れてはなりません。
●繰り上げ受給の落とし穴③:本来もらえるはずの年金が受け取れない
繰り上げ請求による制約は、他にもあります。遺族基礎年金の受給対象とならない場合に、国民年金の独自給付として支給される「寡婦年金」は、その一つです。
寡婦年金は、国民年金の第1号被保険者としての期間が10年以上ある夫が、基礎年金を受け取ることなく亡くなった場合、夫によって生計を維持され、10年以上婚姻関係のあった妻(事実婚も含む)が、60歳から65歳になるまでの間もらうことができます。寡婦年金はいわば、妻が年金をもらい始めるまでの「つなぎ」。したがって、妻が自身の老齢基礎年金を繰り上げ受給していると、寡婦年金の請求を行うことができません。
さらに、障害年金にも目を向けましょう。初診日から1年6ヶ月を過ぎた日あるいは1年6ヶ月以内にその病気やけがの症状が固定した日(障害認定日)には障害等級に該当しなくても、その後障害等級に該当する状態まで症状が重くなることは、よくあるケースです。そこで障害年金では、65歳に到達する日の前日(65歳の誕生日の2日前)までに請求が行われた場合には、その請求日をもって受給権が発生する「事後重症による請求」というルールが設けられています。
しかしながら、繰り上げ請求をすると、その時点で65歳になったとみなされるため、「事後重症による請求」ができません。障害年金は非課税のうえに、障害等級が高いほど金額面でも有利であることからもわかるように、持病を抱えている人などは特に慎重な判断が必要です。
<障害年金の支給額(2024年度)>
政府広報オンライン「障害年金の制度をご存じですか?」より筆者作成
想像以上!?60代以降も働き続けるメリットに注目
内閣府の「高齢者の経済生活に関する調査(2019年度)」によると、「働けるうちはいつまでも」働きたいとする約4割の人を含めて、現在収入のある60歳以上の約9割が70歳くらいまでまたはそれ以上まで働きたいと回答しました。その理由もまた、収入に加えて、健康や生きがい、社会とのつながりなど、歳をとればとるほど多様化します。
<仕事をしている理由(性・年齢別)>
内閣府「高齢社会白書(2020年版)」より
●60代以上で働いている世帯の家計収支は黒字
世帯主が60~64歳の無職世帯(二人以上)において、毎月の赤字額が約13万円(黒字率:▲82.4%)であることは、すでに紹介しましたとおりです。その赤字額は、60代後半では約4万円(黒字率:▲16.0%)にまで縮小するものの、これらの金額を見ると、少し働くだけでも家計にゆとりが生まれると思いませんか。
実際、世帯主が60~69歳の勤労者世帯(二人以上)では、毎月の黒字額は約9万円で、黒字率は22.8%。もしも就労で家計収支のバランスが確保できるようであれば、年金の受給開始を繰り下げる選択肢も効果的でしょう。増額された年金額で70歳以降も収支のバランスが保てる可能性も出てきます。
これらの話は、60代以降のセカンドライフを謳歌したいみなさんに対して、「預貯金は使うな」「資産を取り崩すな」と言っているわけではありません。就労や(増額された)年金で日常生活にかかる費用がまかなえることを理解していれば、旅行や趣味などへの支出計画も立てやすくなるほか、緊急の支出が生じた場合の安心も違うでしょう。老後資金が不安な人にとってはやはり、自分のペースで長く働く選択肢は非常に大切です。
●退職から2ヶ月以内の手続きで失業保険の受給期間が最大1年延長
60歳で定年を迎えたら仕事を辞めるつもりだけど、実際に辞めてみたら気持ちが変わるかもしれない、もしくは少しゆっくり考えてから動き出したいと考えている人もいるかもしれません。失業中の生活を支える雇用保険の「求職者給付(基本手当)」は本来、離職の日の翌日から1年の受給期間の間に、所定給付日数(被保険者期間によって90~150日)を限度として支給されます。しかしながら、60歳以上の定年の場合には、受給期間をさらに最長1年延長することができる仕組みがあるので、働く意欲が出てきたときのために延長の申請手続きを行っておくとよいでしょう。手続きの期限は、離職から2ヶ月以内です。
●60代以降も働き続ける理由はお金だけではない!?
内閣府が2021年に行った「高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査」によると、60歳以上の67.7%が、「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」もしくは「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」と回答しました。
また、厚生労働省の「高齢期における社会保障に関する意識調査報告書」(2018年)の調査結果にも注目です。報告書によると、「老後に最も不安を感じるもの」は、20代から50代が「生活費」であるのに対して、60代以降は「健康」が一気に逆転。65歳以上に対象を絞るとその割合は63.6%まで上昇します。
就労が健康に与える効果を、はっきり結論付けることは困難であるものの、長野県が2015年に公表した「長野県健康長寿プロジェクト・研究事業報告書~長野県健康長寿の要因分析~」では、就業率が高い都道府県では、平均寿命および健康寿命が長くなることが明らかになりました。65歳以上の男性に限るとさらに、その正の相関関係は偶然ではないとするデータもあるようです。
イギリスの医師で経済学者のベティ(1623-1687)は、「健康は労働から生まれ、満足は健康から生まれる」という言葉を残しました。がむしゃらに働き盛りの時間を過ごしている私たちにとっては、まだその実感が湧かないかもしれませんが、60代以降の働き方を考えるうえで示唆に富んだ教訓と言えるでしょう。
あと5年?10年?働いて広がる可能性に注目しよう
今回は60歳で仕事を辞めてから、65歳に年金をもらい始めるまでに待ち受けるお金の真実について紹介しました。ひと昔前とは異なり、まだまだ体力と気力にあふれた60代前半は、家計の面ではお金がかかるほか、働き盛りの頃から急激に家計をダウンサイズさせることはなかなか難しいと思われます。そして、これまでと同じ働き方ではなくても、自分のペースでより長く働く理由やメリットは、お金の面におけるゆとりばかりではありません。今すぐにでもリタイアしたいと考えている50代の人は、これまでの労をねぎらいつつ、自分なりのセカンドライフを思い描いてみてはいかがでしょうか。
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神中 智博 ファイナンシャルプランナー(CFP®)
1992年宮崎県生まれ。関西学院大学会計大学院を修了後、NTTビジネスアソシエ西日本で、NTT西日本グループの財務や内部統制等の業務に従事。2022年10月に兵庫県神戸市で独立系FP事務所ライフホーカーを開業し、現在に至る。家計相談に加えて、公的年金や確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)を活用した資産形成に関するテーマを中心に、執筆・講演活動も展開。「老後不安バスター」として、だれもが老後に向けて自信を持てる社会を目指して奮闘している。CFP®(日本FP協会認定)の他、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、1級DCプランナー、企業年金管理士(確定拠出年金)、一種外務員資格等を保有。
X(旧Twitter)→https://twitter.com/lifehawker
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