24/08/18
年金月額14万円の夫が急逝…妻の年金が月額14万円の場合にもらえる遺族年金はゼロ?
年金収入で暮らす65歳以上の夫婦にとって、夫が亡くなった後に妻が遺族年金をもらえるかは気になるところです。女性の社会進出が進んだ昨今では、夫と同じもしくはそれ以上の水準で老齢年金をもらっていることも珍しくありませんが、このようなケースでも遺族年金はもらえるのでしょうか。
今回は、夫婦それぞれ毎月14万円の老齢年金(基礎年金を含む)を受け取っている場合の遺族年金の取り扱いについて見ていきます。ポイントは、14万円を構成する老齢基礎年金と老齢厚生年金の内訳です。
まずは遺族厚生年金の全体像を理解しよう
遺族年金は、「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」の2種類。受け取れる年金の種類や年金額は、亡くなった人の加入履歴や遺族の状況によります。このうち、遺族基礎年金が支給されるのは「子のある配偶者」や「子」だけです。18歳の年度末を迎えていない子どもや、障害年金の障害等級1級または2級の状態にある20歳未満の子どもがいる場合には、遺族基礎年金が支給されますが、今回の記事では遺族厚生年金のみもらえるケースで考えてみましょう。
●遺族厚生年金の受給要件
遺族厚生年金を受け取るためには、次の要件を満たしていなければなりません。
1. 厚生年金保険の被保険者である間に死亡したとき
2. 厚生年金の被保険者期間に初診日がある病気やけがが原因で初診日から5年以内に死亡したとき
3. 1級・2級の障害厚生(共済)年金を受けとっている方が死亡したとき
4. 老齢厚生年金の受給権者であった方が死亡したとき
5. 老齢厚生年金の受給資格を満たした方が死亡したとき
夫がすでに老齢厚生年金を受け取っている今回のケースは、「4. 老齢厚生年金の受給権者であった方が死亡したとき」に該当します。そして、4および5の要件で、実際に遺族厚生年金を受け取るためには、亡くなった人の保険料納付済期間、保険料免除期間および合算対象期間を合算した期間が25年以上必要です。
●遺族厚生年金の受給対象
遺族厚生年金は、亡くなった人に生計を維持されていた遺族のうち、最も優先順位の高い人に支給されますが、今回のケースでは「子のない配偶者」としての妻を最も優先順位の高い遺族として見ていくことにします。
<遺族年金の受給対象と年金の種類>
日本年金機構「遺族年金ガイド(令和6年度版)」より
●遺族厚生年金の年金額
遺族厚生年金の額は、原則として、亡くなった人に支給されていた老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3です。報酬比例部分は、厚生年金保険に加入していた期間の報酬額や加入期間等によって決まりますが、加入期間が300月(25年)に満たないときには、300月とみなして計算される点は遺族厚生年金の大きな特徴と言えるでしょう。
また、今回の記事のように、65歳以上で老齢厚生(退職共済)年金を受け取る権利がある人が、配偶者の死亡で遺族厚生年金を受け取る場合には、次の2つを比較して高い方が遺族厚生年金の額となります。
①死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額
②死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の2分の1の額と自身の老齢厚生(退職共済)年金の額の2分の1の額を合算した額
かつては、遺族厚生年金を受け取るか、老齢厚生年金を受け取るかを選択することができました。しかしながら、2007年3月31日以降、65歳以上で遺族厚生年金と老齢厚生年金を受ける権利がある遺族配偶者には、老齢厚生年金の支給が優先されることになったため、遺族配偶者の老齢厚生年金の額に相当する部分については、遺族厚生年金は支給されません(支給停止)。
●遺族厚生年金の課税の取り扱い
遺族年金は、所得税や住民税がかからない「非課税所得」に含まれます。つまり、遺族厚生年金として支給される部分に税金はかかりませんが、政府税制調査会が2023年6月にとりまとめた中期答申「わが国税制の現状と課題」において、遺族年金を含む非課税所得に対する課税の強化が示されました。最新2024年度の税制改正には含まれなかったものの、遺族年金をめぐる税制の動きには、今後も注目です。
ポイントは夫と妻それぞれの月14万円の老齢年金の内訳
厚生年金保険の加入歴がある人は、65歳以降、老齢基礎年金と老齢厚生年金の2階建てで老齢年金をもらうことができます。2024年度における老齢基礎年金の満額は、月68,000円(1956年4月1日以前生まれは67,808円)。もし、亡くなった夫が基礎年金を満額受け取っている場合には、14万円から68,000円を引いた72,000円が、厚生年金保険に加入していた時の報酬額や加入期間等に相当する老齢厚生年金というわけです。
そして、この72,000円の4分の3である54,000円が、原則的な遺族厚生年金の額となります。例えば、厚生年金保険の加入歴がない妻が、夫が亡くなった後に受け取れる遺族厚生年金の金額は54,000円です。
しかしながら、国民年金保険料の未納期間等があるために、老齢基礎年金を満額もらうために必要な保険料の納付月数「480月」を満たしていない人も少なくありません。つまり、同じ月14万円の老齢年金でも、基礎年金と厚生年金の内訳は、夫婦で異なるかもしれないので、一度確認をしてみましょう。
ケース(1):夫の老齢厚生年金額=妻の老齢厚生年金額
先ほども紹介したように、自身も老齢厚生年金がもらえる65歳以上の遺族配偶者(妻)に対する遺族厚生年金の額は、次のいずれか高い方です。
①死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額
②死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の2分の1の額と自身の老齢厚生(退職共済)年金の額の2分の1の額を合算した額
例えば、夫婦ともに満額の老齢基礎年金が受け取れるうえで、老齢年金の額が同じ月14万円(老齢基礎年金:68,000円、老齢厚生年金:72,000円)の場合の遺族厚生年金は、「①54,000円」と「②72,000円」を比較して高い方の72,000円となります。
<ケース(1)における夫が亡くなる前後での年金収入のイメージ>
筆者作成
しかしながら、72,000円のうち、妻の老齢厚生年金額(72,000円)に相当する部分については支給停止となるため、実際には遺族厚生年金が支給されることはなく、夫が亡くなる前後で、妻の年金収入や課税の取り扱いに変化は生じません。
ケース(2):夫の老齢厚生年金額>妻の老齢厚生年金額
次に、妻は老齢基礎年金を満額受け取る要件を満たしている一方で(老齢基礎年金:68,000円、老齢厚生年金:72,000円)、夫は保険料納付済月数が420月(老齢基礎年金:59,500円、老齢厚生年金:80,500円)の例で試算をしてみましょう。
<ケース(2)における夫が亡くなる前後での年金収入のイメージ>
筆者作成
このときの遺族厚生年金は、「①60,375円」と「②76,250円」を比較して高い方の76,250円となります。ケース(1)と同様に、72,000円までは支給停止となりますが、その差額である4,250円は支給されるため、遺族厚生年金を含む妻の年金収入が144,250円に増加する点に注目です。そして、この4,250円には税金がかかりません。
ケース(3):夫の老齢厚生年金額<妻の老齢厚生年金額
ケース(2)とは逆に、夫が老齢基礎年金を満額受け取る要件を満たしている一方で(老齢基礎年金:68,000円、老齢厚生年金:72,000円)、妻の保険料納付済月数が420月(老齢基礎年金:59,500円、老齢厚生年金:80,500円)だとどうなるでしょう。
<ケース(3)における夫が亡くなる前後での年金収入のイメージ>
筆者作成
このときの遺族厚生年金は、「①54,000円」と「②76,250円」を比較して、ケース(2)と同様に76,250円となります。しかしながら、妻の老齢厚生年金80,500円の方が上回っているため、全額が支給停止の対象です。つまり、ケース(1)と同様に、夫が亡くなる前後で、妻の年金収入や課税の取り扱いに変化は生じません。
年金収入全体で比較すると違いは一目瞭然
総務省統計局「家計調査年報」(2022年)によると、65歳以上の単身無職世帯の月平均支出額は155,495円。上の3つのケースを見ると、遺族年金をほとんどもらうことができず、これまで夫婦で月28万円もらっていた年金が14万円になることに焦りを感じるかもしれませんが、貯蓄等から補うべき不足分は月15,000円前後です。
<夫が亡くなる前後での年金収入のイメージ(妻に老齢厚生年金の受給権なし)>
筆者作成
一方で、妻に老齢厚生年金の受給権がない、もしくはその金額が少ないケースにおいて、夫が亡くなった後の妻の年金収入は122,000円(妻自身の老齢基礎年金68,000円+遺族厚生年金54,000円)にとどまります。したがって、妻自身の老齢年金が手厚い場合と比べて、支出の見直しや、資産を取り崩してまかなうなどの工夫がより必要になることは言うまでもありません。
高齢期の配偶者に発生する遺族厚生年金は「現行通り」
今回は、夫婦それぞれ毎月14万円の老齢年金をもらっているケースにおける、夫が亡くなった後の遺族年金(遺族厚生年金)を解説しました。夫婦で年金水準が同じだと、遺族厚生年金のほとんどが支給停止となるものの、今回紹介したさまざまな試算は、実際に支給される遺族厚生年金の額だけでなく、年金収入全体を見た上で適切な対策を講じる必要性を示しています。そして、厚生年金保険に加入して築き上げてきた妻自身の手厚い老齢年金は、夫が亡くなった後の生活にも安心をもたらすことを、改めて強調すべきでしょう。
最後に、2024年7月30日に開催された厚生労働相の諮問機関「社会保障審議会(年金部会)」において、遺族年金制度の改正案が示されました。関連する報道等を受けて、「遺族年金がもらえなくなるのでは?」と不安に感じている人もいるかもしれません。しかしながら、(今回の記事が想定してきた)高齢期の配偶者に発生する遺族厚生年金は、見直しの対象には含まれておらず、「現行通り」と明記されていることはぜひ覚えておいてください。
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神中 智博 ファイナンシャルプランナー(CFP®)
1992年宮崎県生まれ。関西学院大学会計大学院を修了後、NTTビジネスアソシエ西日本で、NTT西日本グループの財務や内部統制等の業務に従事。2022年10月に兵庫県神戸市で独立系FP事務所ライフホーカーを開業し、現在に至る。家計相談に加えて、公的年金や確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)を活用した資産形成に関するテーマを中心に、執筆・講演活動も展開。「老後不安バスター」として、だれもが老後に向けて自信を持てる社会を目指して奮闘している。CFP®(日本FP協会認定)の他、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、1級DCプランナー、企業年金管理士(確定拠出年金)、一種外務員資格等を保有。
X(旧Twitter)→https://twitter.com/lifehawker
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