24/04/07
「iDeCoは離婚時財産分与の対象ではない」は本当なのか
2013年の3月末は加入者数が約16万人にすぎなかったiDeCo(個人型確定拠出年金)も、今や約317万人(2023年12月時点)が加入し、私たちにとってますます身近な存在になりつつあります。
老後資金の用意に向けてぜひ上手に活用したいiDeCoですが、税金上のメリットのほかに、その受給権が手厚く保護されていることをみなさん知っていますか。一方で、その根拠となる情報を正しく理解しておかないと、将来後悔をするかもしれないので注意が必要です。今回は、「iDeCoは財産分与の対象外だから離婚をしても国が守ってくれる」という巷の噂が本当なのか、とある判例を用いながら徹底解剖します。
iDeCoの受給権は手厚く保護されている
iDeCoは、公的年金に上乗せして給付が受け取れる私的年金の一つです。
公的年金とは異なり、iDeCoでは、加入の判断から、金融機関、掛金額、運用商品、受け取り方まで、すべてを自分で決めることができます。受け取れる年金額は、みずからの運用次第です。
今まさにiDeCoを活用して積立と運用をしている人も多いでしょうが、原則60歳まではその資産を引き出すことはできません。この引き出し制限を、老後に向けた資産形成としてメリットと考えるか、デメリットと考えるかは人それぞれです。もしかすると、将来給付を受ける権利が法律で次のように守られていることを知ると、その考えが大きく変わるかもしれません。
●確定拠出年金法第32条
給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない。ただし、老齢給付金及び死亡一時金を受ける権利を国税滞納処分(その例による処分を含む。)により差し押さえる場合は、この限りでない。
公的年金やその他の私的年金等も同様に、受給権を保護する規定がそれぞれの根拠法で明記されています。自己破産の事態に直面した場合でも、国民年金や厚生年金をはじめとする公的給付はまず私たちの身を守ってくれるのです。そして、公的給付に上乗せする資産形成という観点では、iDeCoは差し押さえの対象ではないので、活用することで老齢期の資産だけは守ることができます。これはNISAや民間の個人年金保険などにはない仕組みです。
iDeCoは財産分与の対象になりうるこれだけの理由
しかし、離婚した場合のiDeCoの資産はどうでしょうか。
たしかに、この条文だけを読むと、iDeCoで積み立てている資産は離婚をしても守られると読み解けるかもしれません。しかしながら、これから紹介する裁判例は、「iDeCoは財産分与の対象外」とは言い切れない重要な示唆を含んでいます。
●「財産分与」の3つの性質
判例を見る前に、「財産分与」には、次の3つの性質があることを確認しておきましょう。
①夫婦が共同生活を送る中で形成した財産の公平な分配(清算的財産分与)
②離婚後の生活保障(扶養的財産分与)
③離婚の原因を作ったことへの損害賠償(慰謝料的財産分与)
財産分与の額を決めるにあたっては①を基本としながら、②や③の要素が考慮されることになります。
●「確定拠出年金は財産分与の対象になるか」判例はいかに!?
「(企業型)確定拠出年金は財産分与の対象になるか」が争われた裁判において、名古屋高裁(2009年5月28日)は次の2つの理由から、「(清算的)財産分与の対象にはならない」とする判決を下しました。
①定年まで15年以上あり、受給はまだ不確実である。
②別居時の価額を算出することは困難である。
この事案では、夫の勤務先で確定拠出年金が導入されたのが、別居後であった点には注意が必要です。原則として、別居後に取得した財産は、財産分与の対象には含まれません。この判決でも、退職金のうち、同居期間に対応する部分は本来、財産分与の対象となる夫婦共有財産であるべきと明確に示されています。
しかし反対に、以上の内容を踏まえると、定年間近で受給がほぼ確実になっていた場合や、婚姻後の同居期間中に確定拠出年金へ掛金を拠出していた場合には、財産分与の対象になっていたかもしれません。
●60歳まで引き出せないのにどうするの?
退職金的な性格である「企業型」と、自助努力による資産形成を促す「個人型(iDeCo)」という違いはあるものの、先ほど紹介した受給権の保護を規定する確定拠出年金法32条の条文が適用される点はどちらも同じです。
確定拠出年金で積み立てている年金資産は、運用成績に基づいて日々変動するのにも関わらず、もし財産分与の対象となったら金額はどのように評価されるのでしょうか。
結局は財産分与の対象とはならなかったものの、先ほどの判例では、同居期間中の蓄財等が掛金の原資になっている可能性は否定できないことが指摘されました。したがって、現在の判例に基づくと、財産分与においては、婚姻後(同居期間中)の「掛金累計額」をベースとしつつ、受給の確実性など個別の要素が評価されるものと考えられます。
しかし、確定拠出年金で積み立てている資産は、原則として60歳以降でなければ引き出せません。財産分与のために、iDeCoが解約できるといったルールや、(法律で定められているとおり)その受給権を譲り渡すこともできないため、手元にある現預金等で清算する形がとられることになります。
離婚時の「年金分割」は厚生年金独自のルール
「iDeCoは財産分与の対象外」という噂が広まっている背景の一つには、離婚時における「年金分割」の存在があるかもしれません。年金分割は、厚生年金だけに適用されるルールであるため、「iDeCoは年金分割の対象外」という情報は紛れもない事実ですが、年金分割とはいったいどのようなルールなのでしょうか。
●年金分割は社会保障の制度に組み込まれている
公的年金は、全国民が共通して加入する1階部分の基礎年金に加えて、現役時代に会社員や公務員などで厚生年金保険に加入していた人は、2階部分の厚生年金が上乗せして支給されます。
厚生年金の額は、現役時代の報酬および加入期間に応じて決まりますが、例えば厚生年金保険に加入したことがなく、婚姻期間中もずっと専業主婦だった元妻は、将来基礎年金しか受け取れません。また、厚生年金を受け取れたとしても、男女間で大きな開きがあるのが現状です。
従来から、婚姻中に形成された年金は夫婦共有財産と位置付けられていましたが、それは相手の年金の一部を受け取る形であり、相手が亡くなると受け取れなくなるなど不安定さをはらんでいました。
それに対して、2007年4月に設けられた年金分割のルールでは、婚姻期間中の厚生年金保険料の納付記録(標準報酬月額・標準賞与額)が分割の対象となりました。年金の受給権を分割するわけではありません。このルールができたことによって、分割された保険料の納付記録に基づき、直接国が元妻に年金を支給することができるようになりました。
<年金分割のイメージ>
日本年金機構「離婚時の年金分割について」より
●年金分割は「合意分割」と「3号分割」の2種類
年金分割はつまり、厚生年金に含まれる夫婦の貢献度合いを反映させる仕組みです。
年金分割には、当事者間の合意(もしくは審判)に基づいて最大50%にあたる部分を分割できる「合意分割」と、国民年金の第3号被保険者だった期間(2008年4月以降)に係る相手方の厚生年金を合意なしに等分できる「3号分割」があります。
<合意分割と3号分割の概要>
筆者作成
別居期間に係る記録も分割の対象に含まれる点は、別居後に取得した財産は原則として対象に含まない財産分与との大きな違いと言えるでしょう。
iDeCoの揺るがない価値に目を向けよう
今回は、「iDeCoと離婚時の財産分与」について、判例も用いながら解説しました。「iDeCoは財産分与の対象外だから離婚をしても国が守ってくれる」と思っていた人にとっては、今回の内容は不都合な真実かもしれません。しかし、60歳以降に運用益を含めた給付を受ける権利だけは守られていることを考えると、老後への備えとして自分名義の私的年金を作っておくメリットはやはり大きいと言えるでしょう。人生100年時代、それぞれの制度が持っている長所を活かした資産形成が何より重要です。
最後に、今回の記事はあくまで一般的な見方を整理したものであるため、離婚時の財産分与に関する個別の事案については弁護士等へご相談ください。
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神中 智博 ファイナンシャルプランナー(CFP®)
1992年宮崎県生まれ。関西学院大学会計大学院を修了後、NTTビジネスアソシエ西日本で、NTT西日本グループの財務や内部統制等の業務に従事。2022年10月に兵庫県神戸市で独立系FP事務所ライフホーカーを開業し、現在に至る。家計相談に加えて、公的年金や確定拠出年金(iDeCo・企業型DC)を活用した資産形成に関するテーマを中心に、執筆・講演活動も展開。「老後不安バスター」として、だれもが老後に向けて自信を持てる社会を目指して奮闘している。CFP®(日本FP協会認定)の他、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、1級DCプランナー、企業年金管理士(確定拠出年金)、一種外務員資格等を保有。
X(旧Twitter)→https://twitter.com/lifehawker
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