23/08/05
密かに大増税を狙う「退職所得控除」改正案 税金はいくら増えるのか
近ごろ「サラリーマン増税」「無限増税」といった言葉がメディアやネット界隈を賑わせています。増税になれば手取りのお金が減り、生活はますます厳しいものになってしまうのですから、関心が高いのもうなずけます。
今回は、そのなかでも話題になった「退職所得控除」について、見直されることになったらいくら増税になるのか、見てみましょう。
退職所得はどう決まる?
一時金で受け取る退職金やiDeCoの資産は「退職所得」となります。
●退職所得の計算式
退職所得=(一時金 ― 退職所得控除)×1/2
※勤続年数が5年以下の場合、退職所得が300万円を超えると1/2を適用できない
退職所得の金額は、上の式のとおり、一時金から退職所得控除を引き、さらにそれを「2分の1」にして計算します。退職金にかかる税金(所得税・住民税)は、この退職所得に所定の税率をかけて計算されます。ですから、退職所得控除が多いほど税金は少なくなりますし、一時金で受け取った金額より退職所得控除のほうが多ければ税金はゼロになります。つまり、退職所得控除によって、一時金にかかる所得税や住民税を大きく減らすことができるのです。
退職所得控除の金額は、勤続年数(iDeCoの場合は加入期間)で計算されます。
●退職所得控除の計算式
【勤続年数20年以下】
40万円×勤続年数
※80万円未満の場合80万円
【勤続年数20年超】
800万円+70万円×(勤続年数-20年)
退職所得控除の金額は、勤続年数が20年以下なら年40万円ずつ増え、21年目以降は年70万円ずつ増えます。つまり、21年目以降は退職所得控除の優遇が大きくなる、というわけです。
退職所得控除のルールが見直される?
しかし、退職所得控除の優遇が今後見直されるかもしれません。
2023年6月に公表された税制調査会の中期答申の資料では、退職所得への課税の仕組みについて、
退職金は、一般に、長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに、退職後の生活の原資に充てられる性格を有しています。(中略)
現行の課税の仕組みは、勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが、近年は、支給形態や労働市場における様々な動向に応じて、税制上も対応を検討する必要が生じてきています。
税制調査会「わが国税制の現状と課題―令和時代の構造変化と税制のあり方―」より
と記載しています。
もちろん、わかりやすく「増税します」とは書かれていません。しかし、この文面を「勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態」を見直すものととらえることは十分できるでしょう。そのため、メディアやネットで大きく話題となったのです。
報道によると、岸田首相は「『サラリーマン増税』うんぬんといった報道があるが、全く自分は考えていない」と述べたとのこと。しかし、上の中期答申の文面と照らして考えると、この発言を額面どおりに受け取るのはなかなか難しいのではないでしょうか。
退職所得控除が見直されたら税金はいくら増えるのか?
退職所得控除の見直しは2024年度の税制改正に盛り込まれる可能性があるようです。ただ、具体的にどのように見直されるのか、どんな制度に変わるのかはまだわかりません。
仮に、退職所得控除の「20年超」の部分が年70万円から年40万円になったとします。この場合、勤続年数が20年超の方が使える退職所得控除の金額がこれまでより年30万円ずつ減ります。すると、勤続38年の方の退職所得控除は540万円減ります。
●勤続38年の方の退職所得控除は?
【現行制度】
800万円+70万円×(38年-20年)=2,060万円
【見直し後】
40万円×38年=1,520万円
(退職所得控除の差額)540万円
現行制度では、退職金が2,060万円もらえても税金がかかりません。しかし見直し後に2,060万円もらえたとすると、退職所得は270万円になります。
●勤続38年・退職金2,060万円の方の退職所得は?
【現行制度】
(2,060万円 ―2,060万円)×1/2=0円(退職所得なし=退職金への課税なし)
【見直し後】
(2,060万円 ―1,520万円)×1/2=270万円
見直し後の場合、所得税は10%(住民税は所得税率にかかわらず一律10%)ですので、
・所得税:270万円×10%−9万7,500円=17万2,500円
・住民税:270万円×10%=27万円
(合計)44万2,500円
税金は合わせて44万2,500円も増えてしまうことになります。
まとめ
「消費税が8%から10%に」のような税金が増える増税はわかりやすいですが、批判の的になりがちです。それに対して今回紹介したような控除のルール変更による増税は一見わかりにくく、政府も「狙い目」と思っているかもしれません。
しかし、所得控除が減ってしまうと、税金が増えてしまいます。そして、税金が増えると、私たちの生活はますます厳しくなってしまいます。
今回の退職所得控除の見直しは、まだ決定したものではありません。しかし、税金をめぐる制度がどのように変わるのか危機感を持って注目していただき、反対の声を挙げて欲しいものです。
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頼藤 太希 マネーコンサルタント
(株)Money&You代表取締役。中央大学商学部客員講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生命保険会社にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に現会社を創業し現職へ。ニュースメディア「Mocha(モカ)」、YouTube「Money&YouTV」、Podcast「マネラジ。」、Voicy「1日5分でお金持ちラジオ」、書籍、講演などを通じて鮮度の高いお金の情報を日々発信している。『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)、『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)、『マンガと図解 はじめての資産運用』(宝島社)、など書籍100冊、累計170万部超。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。日本アクチュアリー会研究会員。X(旧Twitter)→@yorifujitaiki
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