22/10/05
「定年後の地方移住」で年金の手取りが増えるのは本当か
最近はメディアなどで「定年後の田舎暮らし」といった特集も目にする機会が多くなってきました。定年後は地方移住で田舎暮らし生活もいいなと考えている方も多いと思います。よく「地方都市は、物価が安いので、都会で暮らすよりも生活費がかからない」といった話も聞きますが、年金から天引きされる国民健康保険料が住んでいる場所によって異なることはあまり知られていません。そのため、定年退職後に住む場所によって年金の手取りが変わることになります。
そこで、今回は国民健康保険料に実際どれだけ地域差があるのかを具体的にご紹介。なぜ住んでいる地域によって国民健康保険料が異なるのか解説します。
振り込まれている年金は「額面」ではなく「手取り」
老後のライフプランを考える上では、老齢年金の金額を手取りベースで把握しておくことはとても大切です。50代にもなると、自分の将来の年金受給額に関心を持つ方が多くなります。年金受給額の把握には、誕生月に毎年送られてくるねんきん定期便が非常に役立ちます。
しかし、いざ公的年金を受け取り始めると「思ったよりも少ない」と感じる方が多いようです。なぜなら、ねんきん定期便に記載されている金額は、手取り額ではなく額面だから。年金収入にかかる税金や社会保険料が反映されていないためです。
●年金の手取り額のイメージ
筆者作成
老齢年金から天引きされるのは、「所得税」「住民税」「国民健康保険料(後期高齢者医療保険料)」「介護保険料」です。医療保険料は、75歳未満なら「国民健康保険料」、75歳以上なら「後期高齢者医療保険料」が天引きされます。
つまり、年金からは4つもの税や保険料が引かれた上で、やっと手元に届いているのです。この仕組みは、会社員時代の給与の「額面」と「手取り」の関係と同じです。「額面」の金額を聞いて喜んでいると、いろいろと引かれた「手取り」の金額が、思った以上に少なく感じたという経験がある人は多いでしょう。
国民健康保険料が安い地域に住めば、年金の手取り額を増やすことが可能
年金の手取りが住んでいる場所によって変わるのは「住民税の金額が違うから」と勘違いされている方も多いのですが、税金(所得税・住民税)は、どこに住んでいても基本的な計算方法は同じです。地域による差はほとんどありません。
住んでいる場所によって金額が変わるのは、社会保険料の「国民健康保険料(後期高齢者医療保険料)」「介護保険料」です。いずれの社会保険料も少子高齢化の構造的な問題が大きく、地域によって事情が異なるため、保険料の格差もかなりあることが特徴です。
つまり、裏を返せば「国民健康保険料が安い地域に住めば、年金の手取り額を増やすことが可能」ということになります。
それでは、実際の国民健康保険料の違いを見てみましょう。以下は都道府県別に標準化保険料算定額の年額を安い順にランキングしたものです。
「標準化保険料算定額」とは、所得が全国平均並みの人が該当の都道府県内で払うと想定される保険料額のことです。
また「標準指数」とは、全国平均を1とした場合の平均所得者の保険料水準を示す指数であり、全国共通で保険料水準を比較するために用います。
いずれも高ければ高いほど平均よりも負担割合が大きいことを示します。
●国民健康保険の保険料が安い都道府県ランキング
厚生労働省保険局調査課「平成29年度市町村国民健康保険における保険料の地域差分析」より筆者作成
・標準化保険料算定額数が低い県
47都道府県で最も標準化保険料算定額が低かったのは埼玉県で102,533円でした。
標準化指数は0.875となっています。
・標準化保険料算定額が高い県
47都道府県で最も標準化保険料算定額が高かったのは徳島県で145,629円でした。
標準化指数は1.243となっています。
・最も低い県と高い県の保険料負担の差
1位の埼玉県と最下位の高知県では、年間43,096円の差がありました。いいかえれば、年金の手取り額が年4.3万円違うことになります。
全体的に、首都圏を中心とした東日本の都道府県が上位に来ています。一方、九州地方の県はいずれも全国平均を上回る金額になっており、保険料負担が高めといえるでしょう。
なお、実際の保険料率は各自治体が標準保険料率を参考に決定するため、この金額と一致するわけではありません。ひとつの参考として自分の住んでいる地域がどのような傾向があるか確認してみるとよいでしょう。
国民健康保険の保険料に地域差があるのはなぜ?
国民健康保険の保険料に地域差があるのはなぜでしょうか。
国民健康保険では、事業に必要な費用を算出して加入者から保険料を徴収し、その財源から加入者に対して必要な給付を行う運用業務があります。この業務はもともとは自治体(市区町村)が運営を担ってきましたが、自治体ごとの運営だと、高齢者が多く医療費がかさむ自治体では、財政基盤が不安定で加入者の負担がきわめて重くなってしまう傾向がありました。そこで、2018年4月からは都道府県が運営主体となり、保険料率の見直しや算出方法の平準化につなげることで、制度の安定と公正性をはかる形となったのです。しかし、自治体(市区町村)による格差の解消にはいたっていません。
自治体(市区町村)によって保険料に差がある理由は、大きく2つあります。
●国民健康保険の保険料に地域差がある理由①:算出方法が違う
国民健康保険料の算出は、従来、自治体(市区町村)によって異なる方式がとられてきました。算出には次の4つの賦課基準を組み合わせるのですが、その組み合わせ方によって3通りの方式(2方式・3方式・4方式)に分けられます。
所得割…所得に応じて賦課
資産割…固定資産に応じて賦課
均等割…被保険者ごとに賦課
平等割…世帯ごとに賦課
例えば東京都では上記の賦課基準のうち所得割と均等割を使う「2方式」が採用されており、この算定基準に基づく標準税率が市町村ごとに示されます。しかし、同一都道府県内でも自治体によってばらばらの方式をとってきたところも多く、国民健康保険の保険料負担の差が見えにくい原因でした。国民健康保険法の改正後は、都道府県が示す市町村標準保険料率の算定方式にならって保険料率を算出する自治体が増えています。
●国民健康保険の保険料に地域差がある理由②:財政状況が違う
保険料の算出方法は、すぐに統一できない事情もあります。自治体の財政によっては、都道府県が示す標準税率では国民健康保険の財政をまかなえないケースもあるからです。
特に、高齢者が多いとかかる医療費は高くなり、自治体の住民から納付された保険料では赤字となってしまいます。国民健康保険制度の費用は、加入者が納める保険料と交付金等国からの公費を基本とし、それでも不足があれば自治体の税金から補わざるを得ません。そのため財政に余裕がない自治体では、加入者の負担である保険料が高額になることが多いのです。
例えば、市町村単位だった2017年度では最も高い北海道天塩町の標準化指数は1.629、最も低い東京都都御蔵島村の標準化指数は0.48と3.4倍もの差が出ていたというから驚きです。
2018年度からの制度改正により今後は自治体(市区町村)間の保険料格差は縮まってくるものと思われますが、上記のような事情もあり、完全に格差がなくなるということにはならないでしょう。そのため、定年退職後に住む場所を探している方は、家賃や生活費だけでなく国民健康保険料についても目配りを忘れないようにしましょう。移住をしたあとに「こんなはずじゃなかった!」と後悔しないように、あらかじめ事前にリサーチをしておくことをおすすめします。
まとめ
今回は都道府県別の国民健康保険料の違いを紹介しましたが、同じ都道府県に住んでいても住む地域が違うと社会保険料の負担が異なるため老齢年金の手取りに格差が生まれます。地域はもちろん年度によっても保険料の計算方法や料率が異なりますので、気になる方は自治体のホームページなどで予想される年金額を元にシミュレーターで試算してみてはいかがでしょうか。
地方移住にあたっては、都道府県だけでなく自治体レベルで保険料を確認しておくことで、社会保険料に関する出費を抑えることができるかもしれませんね。
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KIWI ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士
長年、金融機関に在籍していた経験を活かし、個人のキャリアプラン、ライフプランありきのお金の相談を得意とする。プライベートでは2児の母。地域の子どもたちに「おかねの役割」や「はたらく意義」を伝える職育アドバイザー活動を行っている。
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