23/03/12
「64歳11カ月退職」に潜む5つの落とし穴
「70歳までの就業機会の確保」が、企業の「努力義務」になったのは2021年4月のことです。 将来的には「完全義務化」となる可能性が高く、希望すれば70歳まで働ける時代はもはや当たり前となりつつあります。
とは言うものの60歳は、個人差はありますが体力的な変化を自覚する年齢です。さらに65歳になれば誰もが公的年金が受給できるようにもなります。そのためか、現実的には65歳頃までを一つの区切りとして、一旦は今の勤め先を離れ、次のステージへと考える方が多いのも事実です。ですが、退職時期の検討には正しい理解と準備が必要不可欠です。
今回は、特にご質問をいただくことの多い65歳前後の有利な退職時期を見極めるチェックポイントについて解説いたします。
64歳11カ月での退職がおトクと言われる理由
65歳頃を一つの区切りとして退職を検討した場合、退職日をいつにするかによって、もらえる雇用保険の給付に大きな違いが生じます。
その根拠は、雇用保険の基本手当と老齢厚生年金の受給について、次のように定められているからです。
① 65歳到達前に退職すれば、基本手当を受給することができる
② 基本手当と65歳未満の間に受給する特別支給の老齢厚生年金は、併給できない
③ 基本手当と65歳以後に受給する老齢厚生年金は、併給できる
これらのことを合わせて考えた場合、「基本手当の受給資格を得るために65歳到達までに退職し、年金との併給調整がない65歳以後に基本手当を受け取ることができるタイミングで退職する」のがよいと言われています。
例えば、①のように65歳未満で退職した場合、報酬比例部分や定額部分との併給は不可ですが、②のように65歳直前ギリギリの64歳11カ月で退職すると老齢厚生年金や老齢基礎年金との併給が可能になるのです。
●基本手当と老齢年金の併給のしくみ
筆者作成
65歳到達日以後に退職すると?
では、退職日が65歳到達日以後になるとどうなるのでしょうか。
退職日が65歳到達日以後になると、基本手当はもらえなくなります。しかし、何ももらえなくなるわけではありません。基本手当に代わって、高年齢求職者給付金が受け取れるようになります。
基本手当と高年齢求職者給付金には、以下のような違いがあります。
●基本手当と高年齢求職者給付金の違い(2022年8月1日時点)
筆者作成
高年齢求職者給付金は基本手当と異なり、雇用保険に6ヶ月以上加入すればよいため、受給要件は基本手当と比較して緩めです。65歳以降に再就職した場合でもこの受給要件を満たせば何回でも受給することが可能です。
また、基本手当は、4週に1度の失業認定を受けるため定期的にハローワークに通う必要がありますが、高年齢求職者給付金は、一度認定を受ければ一時金で受給できるといった、手軽さが大きな特徴です。
しかしながら、高年齢求職者給付金で受給できる金額は、基本手当日額の30日分(雇用保険の被保険者期間が1年未満)または50日分(雇用保険の被保険者期間が1年以上)となり、1日分の上限金額も基本手当と比較して少ないことが分かります。
つまり、金額面で単純に比較するなら前述の基本手当(最大で150日分)を受け取る方が有利というわけです。
●基本手当の額はどう決まる?
基本手当の額は、離職前6カ月の給料の平均値をもとに決定します。1日あたりの失業保険(基本手当)の支給額は、以下の計算式で算出されます。
賃金日額(1日あたりの賃金の額)=退職前6カ月の給料の合計(残業代は含む。賞与は除く)÷180
基本手当日額(1日あたりの失業保険の支給額)=賃金日額×0.45~0.8
では、支給額はどのくらい違ってくるのでしょうか。具体的な金額で試算した例を失業保険(基本手当)支給額早見表にまとめました。
【失業保険(基本手当)支給額早見表】
筆者作成
例えば、離職前6か月間の月額平均給与が15万円の方で勤続年数が20年以上の方のケースで見てみましょう。
賃金日額は5,000円となり、所定の掛け目(80%)をかけた基本手当日額は4,000円と算出されます。この基本手当日額をベースに64歳11カ月で退職した場合は150日分がもらえますので、合計60万円になります。それに対して65歳で退職した場合は50日分となりますので、合計で20万円しか受け取れないのです。
退職時期を少し早めるだけで、雇用保険からの失業給付が3倍になるのですから、やはり64歳11カ月での退職に心が揺れ動く気持ちも分かります。
見落としがちな、「64歳11カ月の退職」の落とし穴5つ
では、別の観点からデメリットはないのでしょうか。退職時期をいつにするかについては、失業給付だけではなく、他の条件も合わせて総合的に考えることが必要です。ここからは、5つのチェックポイントを紹介しますので、自分にとって不利となるポイントがないかを事前に確認しておきましょう。
●チェックポイント①:退職金算定で不利な扱いとなるケースあり
雇用契約が65歳到達時点で満了し、期間満了まで在職すれば、退職金や賞与等が支給されるような場合、満了を待たずに64歳11カ月で退職することで退職金や賞与等の減額や全額カットが行われる場合があります。このような規則があるかどうかは、会社によって異なりますので、気になる方は会社の総務や人事部に聞いておくと良いでしょう。
●チェックポイント②:150日分の基本手当を受け取り切るには最低でも7〜8カ月はかかる
雇用契約満了まで在職せずに退職した場合は、自己都合退職となりますので、求職の申込みを行い、7日間の待期期間のあと、求職の申込みをしてから基本手当を受給するまでに2カ月の給付制限期間が生じます。その後、指定された日にハローワークに出向き失業の認定を受ければ、基本手当の受給が始まりますが、1回に支給されるのは30日分のみです。150日分をすべてもらい切るには、再就職の意志をもって、定期的(4週間に1回の指定された日)にハローワークへ通うことが前提となります。このように基本手当をすべて受給するためには相当の時間を費やすことになります。
●チェックポイント③:健康保険料の負担など、失業時には自己負担も増大する
退職して、しばらく再就職しない場合、健康保険料も個人の自己負担になります。健康保険は国民年金保険に加入するか、しばらくは会社の健康保険の任意継続とするかを選択できます。任意継続では、今までは労使折半で保険料の半額を会社が負担してくれていた部分がなくなり、全額自己負担になります。失業時には健康保険料は約2倍程度に跳ね上がり、失業期間が長引けば長引くほど負担は増大することは覚悟しておきましょう。
●チェックポイント④:将来もらえる老齢厚生年金にも差がついてしまう
再就職先で、所定の労働基準を満たせば社会保険に加入できることになります。厚生年金は、70歳まで加入することができますので、年金受給額の増加につながります。2022 年4月以降、65 歳以降の在職中の年金受給者について、年に一度、納付実績が受給中の年金額に反映されるようになる改正が行われています(在職定時改定)。1カ月でも早く厚生年金に加入すれば、その分厚生年金を増やせる可能性があるのです。基本手当を満額受給することにこだわりすぎると、将来もらえる厚生年金にも差がついてしまうことが考えられるため注意しましょう。
●チェックポイント⑤:よい再就職先があってもチャンスを逃す可能性あり
健康面・精神面でも、一日でもはやく再就職をしてメリハリのある生活リズムで過ごせるほうが自分にとって良い選択だったということは、考えられないでしょうか。
基本手当を満額受給することが目標となってしまうと、よい再就職先があっても決断を先送りにしたい心理が働きます。その気持ちは分からなくもないですが、企業としては、なるべくブランクがない方を優先的に採用したいと思うはずです。そのため、よい再就職先があってもチャンスを逃す可能性があり、ブランクが長くなるにつれてだんだんと再就職のハードルが高くなってしまうことも考えられます。
ただし、失業期間も資格取得やスキルアップに努めるなど自分のビジネススキルを磨く努力をしていける方なら、再就職時の印象は良くなる可能性はあります。
まとめ
「雇用保険の失業給付」という観点で比較をした場合、基本手当の方が、受け取れる給付金額が多く、65歳到達日以降の退職よりも有利であることが分かりました。しかし、これはあくまで失業給付に限った話です。そのため、「64歳11カ月で退職するとおトク」という部分だけを聞きかじって早計な判断をしまうと、思いがけないところで損をしてしまい、後悔することにもつながりかねません。周りの情報をうのみにせず、退職時期が本当に自分にとって最善の選択なのかは慎重に検討しましょう。
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KIWI ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士
長年、金融機関に在籍していた経験を活かし、個人のキャリアプラン、ライフプランありきのお金の相談を得意とする。プライベートでは2児の母。地域の子どもたちに「おかねの役割」や「はたらく意義」を伝える職育アドバイザー活動を行っている。
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