19/03/20
思いやりにあふれた日々のいとおしさ~『大家さんと僕』【書評】
皆さんもうご存知の本でしょう。今回ご紹介するのは、発売後からまたたく間に話題となり、今なおファンを増やしている大人気のコミックエッセイ『大家さんと僕』です。お笑い芸人の矢部太郎さんと大家さんとの暮らしを描いた四コマ漫画は、大きなドラマも事件も起こらないものの評判を呼び、専業マンガ家以外で初めて、手塚治虫文化賞短編賞を受賞しました。
なにがそんなに人気を呼んだのでしょうか。
年の差半世紀の不思議な交流
「僕」が引越しした家の1階には、87歳になる老婦人の大家さんが住んでいました。
家主と借主とはあくまで部屋を介した貸し借りの関係で、普通はお互いの生活を干渉しないものですが、この大家さんは2階の「僕」にひんぱんに声をかけ、お茶や食事に誘うなど、なにかと世話を焼く人でした。困った「僕」が電話に出ずにいると、今度は手紙が届きます。流されるような形で、ひとつ屋根の下、1階と2階に住む者同士の風変わりな交流が始まります。
近すぎる距離感に始めこそ戸惑った「僕」ですが、孫と祖母ほど年の離れた2人は不思議と気が合い、困った時に手を差し伸べ合う、すてきな共存関係を築くようになりました。
世代の違う相手との会話から未知の世界に触れ、自分の見識を深めていく2人。大家さんの思い出話には真珠湾やマッカーサー元帥、疎開生活などが登場し、日本の戦争はそんなに昔の話ではなかったんだと気づかされます。
「僕」を俳優だと勘違いした大家さんは、新喜劇の舞台で笑いをとれずにスベった彼を「シリアスな演技がさすがでした」と称賛します。「僕」のツイていないトホホな日々も、大家さんのフィルターを通すと、なんだかいとおしく見えてくるもの。お互い大真面目なのにどこかちぐはぐでかみ合わないやり取りに、くすりと笑みがこぼれます。
季節を感じて丁寧に暮らすこと
「ごきげんよう」の挨拶に始まり、美しい言葉使いをされる上品な大家さんは、都心にいながら喧騒から離れ、ゆったりとした生活を送っています。昼も夜も無い忙しい芸能界に身を置き、神経をすり減らしがちな「僕」にとって、旬の食べ物や季節の花を愛でる彼女の暮らしは新鮮だったことでしょう。
風にそよぐ野の草のように流れに逆らわず、丁寧に生きる2人の日常には憧れさえ感じられますが、大家さんが突然体調を崩して入院されるシーンが描かれ、永遠に続く幸せではないことが予感させられます。家族や友人を次々に喪い、自身も淡々と終活を進めていく高齢の彼女をただ見守るしかない「僕」。暖かさの中にはかなさやもの哀しさも含みながら、日々は綴られていきます。
忘れかけていた人づきあいの温かさ
世代の差を超えて、いつしか誰よりも近い存在になっていた2人。まさに「袖すり合うも他生の縁」「遠くの親戚より近くの他人」です。赤の他人同士が身を寄せ合い、協力し合って本当の家族以上に家族らしくなっていく様子に、ジブリの『ハウルの動く城』の登場人物たちを連想しました。
深刻な核家族化が進み、大都市独居者が増えている日本。実の血縁でさえ疎遠になりつつあるこのご時世において、友達でもないのに定期的にデパートでランデブーしたり、洗濯物を取り込んでもらったり、一緒に旅行に出かけたりするほど仲の良い間柄はめったに見られなくなりました。
楽しく読みながら、大家さんと「僕」のように、年が離れた相手を尊重し合い、歩幅を合わせて互いの話に耳を傾けることの大切さをしみじみと感じます。2人の醸し出すゆったりとした空気に、ほっこりと心が温かくなる一冊です。
『大家さんと僕』
(新潮社)
【読書ブロガー小野寺理香のブックレビュー】記事
全バックナンバーはこちら
・『星のなまえ』〜古来、人は何を想って夜空を見上げてきたのか~
・お金ってなに?がわかる『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』
・出口の見えない悩みを哲学で解決!『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』
・ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか? 不便益という発想
・思いやりにあふれた日々のいとおしさ~『大家さんと僕』
【関連記事もチェック】
・心と身体のあたたかさが鍵! 幸せは自分の意思で増やせる
・美しく生きるためには…「美しい人をつくる『所作』の基本」
・お金も愛情も執着を手放すと、あらゆる得たいものが入ってくる
・成功者や有名な人たちが欠かさず続けているのは「瞑想」
・ストレスで胃が痛いのは「胃熱」が原因!? 胃熱を抑える漢方による食材
小野寺 理香 おのでら りか
読書ブロガー。好きなジャンルは文学、歴史、アート。ふとしたきっかけで出会い、好きになったら長くつきあう……本との巡り合いは人と同じ。時に味わう〝がっかり〟も、読書のおもしろさのひとつです。ここでは、よりすぐりのすてきな本をお届けします。
ブクログ「本のツバサ」
この記事が気に入ったら
いいね!しよう