25/12/10
失業給付「64歳11か月退職がベスト」に潜む3つの落とし穴

「65歳になってからより、64歳11か月で退職したほうがおトク」
そんな話を耳にしたことはありませんか?
これは制度上、64歳までは雇用保険の「基本手当(いわゆる失業給付)」の対象となり、さらに65歳になるまでに年金を受け取っている場合でも、あわせて受け取ることができるため、「65歳になる直前に退職した方が、公的給付が多くなりやすい」そんな意味合いです。
しかしその一方で、すべてが一律に有利に進むわけではありません。実は知らない間に別のところで損をしていて、「トクしたつもりになっていただけだった」というケースもあります。
本記事では、65歳で定年退職を迎える方を対象に、特に知っておきたい「64歳11か月退職」の落とし穴を3つ取り上げ、後悔を避けるためのチェックポイントを整理します。
(1)定年退職扱いにならないかもしれない:「失業給付が遅い」「退職金が減る」リスク
退職時期を65歳から64歳11か月にずらすことで、雇用保険の基本手当の対象となります。
基本手当は、雇用保険から支給される給付で、一般的に「失業給付」と呼ばれています。基本手当は主に、離職前2年間に12か月以上、雇用保険に加入しているなどの要件を満たせば、受け取ることができます。再就職の意思を持つ65歳未満の人が対象となり、離職日の翌日から1年間を期限として、決められた日数分受け取ることができます。
しかし、基本手当の受け取りにはタイムラグが発生します。基本手当の支給が開始される時期は、離職理由によって異なるためです。64歳11か月で退職し、離職理由が自己都合となると、7日間の待機期間に加え、原則1か月〜3か月の給付制限が設けられるのです。
なお、基本手当は月に1度の認定制ですから、受け取るためにはハローワークに通い失業認定を受ける必要があります。
一方、65歳を迎えてから退職した場合にも雇用保険からの給付があります。「高年齢求職者給付金」です。受給額は基本手当の上限の約3分の1程度になりますが、7日間の待機期間後、一括で受け取ることができます。
さらに見逃せないのが、退職金額の算定への影響です。退職金の計算方法は会社ごとに異なりますが、定年退職の場合は金額が上乗せされる制度となっているケースもあります。「定年退職扱い」となるためには、会社が規定した日に退職する必要があります。
64歳11か月での退職が定年退職扱いとならなかった場合、退職金額が減る可能性があります。金額に10%程度の差ができるケースもあり、場合によっては失業給付の差を上回ってしまうこともあります。事前に自社の退職金規程などを確認することが不可欠です。
(2)退職金の「手取り」が減る可能性:控除1年分の違いが手取り10万円の差に!?
仮に退職金の総額自体に大きな影響がなくても、「手取りベース」で考えると、退職時期を早めることでマイナスになることがあります。
退職金も給与と同様に税金の対象ですが、一時金として受け取る場合は「退職所得控除」という大きな非課税枠が適用されます。受け取った退職金から退職所得控除を差し引き、残った金額の2分の1が課税対象となるため、税負担は通常の所得よりも軽くなります。
退職所得控除は勤続年数に応じて増えていくしくみで、勤続20年以下は1年増えるごとに40万円(80万円に満たない場合は80万円)、勤続21年目以降は1年増えるごとに70万円ずつ控除額が増加します。
<退職所得控除額の計算の表>

国税庁タックスアンサー「退職金を受け取ったとき(退職所得)」より
また、勤続年数は「1年に満たない期間があっても1年として切り上げる」というルールがあります。たとえば4月1日を基準に勤続年数を数える会社であれば、4月1日に退職すれば控除額が1年分増えますが、3月31日に退職するとその増加は適用されません。
退職時期をずらすことで控除額が70万円減ると、税負担が増え、結果として10万円前後の手取り減になる可能性もあります。誕生月や入社日、自社の勤続年数の数え方と照らし合わせながら、確認しておきたいポイントです。
(3) 社会保険料の負担増と将来の年金額への影響:「長生きリスク」をじわじわ効かせる1か月の差
退職時期を早めることによって、年金と健康保険への影響も考えられます。見落とされがちなポイントです。
年金保険料と健康保険料は基本的に給料から天引きされていますが、退職後は原則としてご自身で納める必要があります。国民年金への加入は原則60歳までのため、退職後にご自身が国民年金の保険料を支払う必要はありませんが、年下の配偶者や子どもを扶養に入れていた場合、その配偶者や子どもの国民年金保険料の支払いが新たに生じる可能性があります。
健康保険については、退職後も最長2年間、任意継続被保険者制度を利用し健康保険に継続加入することができますが、保険料は全額自己負担になります。これまで会社が負担していた分も含めて支払うため、「保険料が実質倍になる」という方も少なくありません。
家族の健康保険の扶養に入るという選択肢もありますが、日額5000円以上の基本手当を受け取っている場合、扶養に入ることはできないしくみになっています。
さらに、将来受け取れる厚生年金額にも影響が出る可能性があります。1か月早く退職した分、厚生年金保険料の納付期間が短くなり、それが年金額にも反映されるためです。
影響額は給料によって異なりますが、月2000円前後が目安となります。もし20年間年金を受け取れるとすると約48万円の差になる計算です。積み重ねると夫婦に旅行に行けそうな金額ですね。
後悔しないためのチェックポイント
64歳11か月退職を検討する際は、次の点を冷静に確認しておきたいところです。
・自社では64歳11か月退職は「定年退職扱い」になるのか
・退職金額はいくら変わるのか(総額と手取りの両方)
・基本手当の受給開始時期と金額
・健康保険・年金の負担額の変化
・将来の年金額への影響
失業給付だけを切り取って考えるのではなく、退職金や税金、健康保険や年金まで含めた「トータルの損得」で判断することが重要です。
リタイア後は収入の減少が避けられないからこそ、長生きリスクに備え、将来のご自身の選択肢を最大限に残せる判断が求められます。
「いまおトクかどうか」ではなく、「これからのご自身の人生にとっていい効果をもたらすかどうか」。 ご自身のケースにあてはめて、収入だけでなく負担とのバランスを試算したうえで、退職時期を慎重に検討してみてください。
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内田英子 CFP,消費生活アドバイザー,住宅ローンアドバイザー
愛媛県在住。証券会社・保険ショップ勤務、専業主婦を経てひとり起業。現在、FPオフィスツクル(愛媛県松山市)代表。教育費から保険、住宅、資産形成、キャリア、相続まで幅広い視点で家計を診る家計の総合医として、ライフプランシミュレーションを駆使したファイナンシャルプランニングが強み。自治体や学校、団体・企業における金融教育講座も行う。
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