22/08/20
60歳貯蓄ゼロでも、年金は繰り上げ受給しない方がいいのか
60歳となり、ついに会社を定年退職。忙しい会社員生活が終わり、いよいよ悠々自適な生活ができる…と思っていたら、「貯蓄がゼロ!」。
こんなとき、少しでも収入を増やそうとして、「年金を繰り上げ受給したらよいかも」と思うかもしれません。しかし、その選択はちょっと待ってください。もしかしたら、後になって「やめておけばよかった…」と後悔するかもしれません。今回は、年金の繰り上げ受給とデメリットについて詳しく紹介します。
貯蓄200万円未満の人は結構いる
金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」2021年版によると、60歳代の貯蓄額は以下のとおりでした。
●60歳代の貯蓄額(金融資産非保有者を含む)
金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」2021年版より抜粋し筆者作成
貯蓄額が2000万円以上と回答した人は、単身世帯が26.1%、2人以上世帯が32.4%あり、計画的に老後の資金を準備している人は意外と多くいることがわかります。
一方で、貯蓄が200万円未満の人は、単身世帯で41.6%、2人以上世帯でも30.2%となっており、老後の準備が難しい人もいることがわかります。
老後資金の準備が難しくなった理由としては、人生の三大支出のうち、「教育資金」や「住宅資金」に、多くのお金が必要となり、「老後資金」の準備が遅れてしまったことが考えられます。また、仕事や家庭のことで忙しく、ゆっくり老後について考える時間がとれなかったのかもしれません。あるいは、趣味や人とのお付き合い、細々とした浪費にお金を使いすぎてしまったこともあるでしょう。
実際に60歳になってから、貯蓄額をみて「もっと早くから老後資金を準備しておけばよかった…」なんて思うかもしれませんが、ここは一旦気持ちを切り替えた方がよいでしょう。そして、日本国民であれば誰もが加入している、国民年金の繰り上げ受給を考えてみましょう。
年金は繰り上げ・繰り下げができる
日本の公的年金には、20歳〜60歳までのすべての人が加入する国民年金と、会社員・公務員(国民年金の第2号被保険者)が加入する厚生年金があります。
国民年金から老後に支給される老齢基礎年金は、原則65歳から受給開始となります。実際の2022年の満額の受給額は、年額77万7800円、月額であれば6万4816円です。
また、厚生年金から老後に支給される老齢厚生年金の受給額は、個々の現役時代の年収と加入月数できまり、個々に違いがあります。
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、どちらも申請することで65歳よりも早く年金を受け取る繰り上げ受給と、遅く年金を受け取る繰り下げ受給をすることができます。このうち、年金の繰り上げ受給をすると、1ヶ月ごとにもらえる年金額が0.4%ずつ減額されます。
ここで、実際に老齢基礎年金を繰り上げした場合、現状の満額年金額である77万7800円が、各年齢でどのくらい減額になるか確認してみましょう。
●年金を繰り上げ受給した場合の受給年額
日本年金機構ホームページより筆者作成
65歳から国民年金を満額受給できる人が60歳まで繰り上げ受給した場合、24%が減額されます。つまり、77万7800円-59万1128円=18万6672円が1年間の受給額より減額されます。さらに、一度繰り上げを申請してしまうと、その金額で固定されてしまい、一生涯少ない年金のまま過ごすことになります。
年金の繰り上げには減額以外のデメリットもある
年金の繰り上げには、年金額が少なくなること以外にも、デメリットがあります。
●年金繰り上げのデメリットその1:寡婦年金の申請ができなくなる
寡婦年金とは、死亡日の前日において国民年金の第1号被保険者として、一定の条件以上の保険料を納めた夫が亡くなった場合、その妻に対して60~65歳になるまで支給される年金です。寡婦年金が受け取れる妻は、夫と10年以上継続して婚姻関係(事実上の婚姻関係を含む)にあり、死亡当時に夫に生計を維持されていた妻です。
しかし、妻が老齢基礎年金の繰り上げを申請し、老齢基礎年金を受給していたときは、寡婦年金は受け取れなくなります。
●年金繰り上げのデメリットその2:障害基礎年金が受給できなくなる
障害基礎年金は、国民年金に加入している人が障害等級表(1級・2級)による障害の状態になった場合に支給される年金です。もし、障害基礎年金が支給されることになれば、以下の年金額が支給されます(2022年度)。
・障害等級1級の年金額:97万2250円+子の加算額
・障害等級2級の年金額:77万7800円+子の加算額
配偶者の障害基礎年金額は定額です。それに加えて、一定条件に該当する子どもの生計を維持しているときに、人数に応じて加算額が上乗せされます。子の加算額は、2人まで1人につき22万3800円、3人目以降は1人につき7万4600円です。
障害基礎年金は、万が一の病気やケガの場合、手厚い保障です。しかし、年金を繰り上げした後は、事後重症(後になってから症状が重くなること)などによる障害基礎年金を請求できなくなります。つまり、障害基礎年金を受給できる可能性が少なくなってしまいます。
●年金繰り上げのデメリットその3:遺族年金を受給した後に減額が続く
妻が年金の繰り上げ申請をした後に夫が亡くなり、遺族厚生年金が支給されるようになった場合、妻が65歳になるまでは、繰り上げした老齢基礎年金と遺族厚生年金のどちらか一方を選択することになります。
もし、遺族厚生年金を受け取る場合、繰り上げをした老齢基礎年金は支給停止となります。さらに、妻が65歳以上になったとき、遺族厚生年金が減額になり、妻の老齢基礎年金を受け取る場合も、繰り上げ申請をしてしまっているため、減額された年金を受け取ることになってしまいます。
●年金繰り上げのデメリットその4:国民年金に任意加入できない
老齢基礎年金は、原則として20~60歳までの40年間、国民年金保険料を納付していれば満額受給できます。しかし、この40年の間に未納期間や免除期間などがあれば、その月数に応じて老齢基礎年金が減額されてしまいます。もし、年金額が減額された人が繰り上げ受給をすると、さらに1か月繰り上げするごとに0.4%少なくなってしまいます。
年金額を増やす方法のひとつに、60~65歳までの間に国民年金保険料を納付する「任意加入」があります。任意加入すれば、未納期間や免除期間などが減り、老齢基礎年金が満額に近くなります。しかし、年金の繰り上げ申請をした後は、任意加入ができなくなります。
老齢基礎年金は、本来65歳から支給されるものです。年金の繰り上げを申請するのは、65歳より前ですが、実際は年金の繰り上げを申請した時点で65歳に達したとみなされてしまいます。
病気やケガで障害状態になってしまうこと、夫が亡くなってしまうことなど、万が一は、予想を超えて起こります。そうなったとき、自分自身や家族を守るためにも、ある程度の保障は必要です。しかし、そんなとき年金の繰り上げをしてしまうと、受け取れるはずの保障が無くなってしまうことがあります。そうならないためにも、年金の繰り上げの申請することで、他の年金にも影響があることをしっかり認識しておきましょう。
年金の繰り下げ受給なら年金額が増やせる
一方、繰り下げ受給の場合は、1ヶ月ごとにもらえる年金額が0.7%増額され、最長75歳まで延長できます。繰り上げ受給と同じく、繰り下げ受給した場合の増加額を確認してみましょう。
●年金を繰り下げ受給した場合の受給年額
日本年金機構ホームページより筆者作成
繰り下げ受給は、1年で年金額が8.4%も増えます。もし70歳まで繰り下げれば、受け取る年金は42%増え、さらに75歳まで繰り下げると、年金は84%も増額されます。
「人生100年時代」に、老後生活のベースとなる年金が増えるのは、心強いもの。1年でも、2年でも、老後の足りない資金を補う手段として、年金の繰り下げ受給を検討してみましょう。
繰り下げ受給をするためには、定年後、長く働いて生活資金を確保するのがよいでしょう。2021年4月から高齢者雇用安定法の施行により、70歳までの雇用が努力義務化され、シニアの働く環境も整ってきています。
ですから、「貯蓄ゼロ」という状態であれば、年金の繰り上げではなく、繰り下げを目指すようにしましょう。
年金の繰り上げ受給が向いている人もいる
ここまでお話ししたとおり、年金の繰り上げは、先々のことも考え慎重に検討する必要があります。しかし、中には繰り上げ受給をした方がいい人もいます。具体的には、以下のとおりです。
●親や家族の中に介護が必要な人がいる
介護や看病が必要な家族がいる方は、年金の繰り上げをした方が良いでしょう。家族の誰かが介護を必要としている場合、外に働きに行こうにも、なかなか働きに行くことができません。また、家族のことを心配しながら働いたとしても、仕事に集中できない場合もあるでしょう。年金の繰り上げを申請し、生活の安定、自分自身の心の安定を図りましょう。
●自分の寿命が短い可能性がある
自分自身の健康状態が悪い、持病があり安静が必要な人などは、休養を取るためにも安定した収入が必要です。年金の繰り上げを申請し、心と身体を休めましょう。
まとめ
年金の繰り上げをすると、本来受け取る年金よりも減額される以外にも様々なデメリットがあります。年金は、老後生活を支える収入の基盤となるため、繰り上げをするかどうかは慎重に検討しましょう。
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舟本美子 ファイナンシャルプランナー
「大事なお金の価値観を見つけるサポーター」
会計事務所で10年、保険代理店や外資系の保険会社で営業職として14年働いたのち、FPとして独立。あなたに合ったお金との付き合い方を伝え、心豊かに暮らすための情報を発信します。3匹の保護猫と暮らしています。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。FP Cafe登録パートナー
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