21/12/26
扶養から外れているのに、そのまま放置している人の悲惨な末路
「130万円の壁」という言葉で知られる、社会保険の「扶養」。漠然とした知識のままで恩恵を受けているという方も多いと思います。
今回は、夫の扶養に入っている妻が、うっかり扶養を外れてしまったことに気がつかず、放置していると、どういうことになるのかについて分かりやすく解説いたします。
社会保険の「扶養」はメリットが大きい分、放置は禁物
扶養とは、経済的な事情で「自力で生活することが困難な家族を養うこと」を意味します。さほど(または全く)稼いでいない配偶者や子ども、老人である親の存在が扶養に該当します。扶養には法律によって「税法上の扶養」と「社会保険の扶養」の2種類があり、それぞれ条件が異なります。ここでは特に「社会保険の扶養」についてしっかりと確認しておきたいと思います。
社会保険の「扶養」になれるのは、原則として配偶者と3親等内の親族(血族、姻族)だけです。法律上家族とならない内縁関係の妻などもその対象となります。また収入要件は、原則として被扶養者(扶養される人)の年間収入が130万円(月収約10万8000円)未満で、被保険者の収入の2分の1未満であることとなっています。
社会保険上の扶養の範囲内でいることのメリットは、自動的に国民年金に加入できることです。もちろん国民年金の保険料負担はありませんし、夫の厚生年金の保険料も変わりません。それでいて妻は将来、国民年金を受給する権利があるわけです。また、自分で健康保険に加入する必要がなく、夫の健康保険が適用されます。夫の扶養に入ったからといって夫の健康保険料が増えるわけでもないので、夫婦にとってこれほどメリットが大きいことはありません。
しかし、享受できるメリットも大きい分、うっかり扶養から外れた場合でも放置は危険です。きちんと扶養を外す手続きをしないままでいると取り返しのつかない事態にもつながりかねないからです。
突然の高額の請求書に呆然とするAさん夫婦
数年前に結婚した会社員のAさん(36歳男性)と妻のBさん(33歳女性)のケースをご紹介します。昨年、夫のAさんの地方勤務が決まり、妻のBさんは夫の転勤を機に正社員を辞め、一旦退職することにしました。退職後、すぐに妻のBさんは夫のAさんに扶養家族の申請手続きをお願いしました。
その後、妻のBさんは夫の転勤先で扶養内のパートを探そうとハローワークに通いながら、失業手当も受給しました。正社員時代は残業続きだったため、健康管理がおざなりになっていたこともあって、ずっと気になっていた歯の治療や定期的な皮膚科クリニック通い、高額な人間ドックも予約。久々にじっくり身体のメンテナンスができる時間のゆとりもできて大喜びでした。健康管理もばっちりになったので、近い将来にはそろそろ二人の子どもも授かりたいなと夢ふくらんでいました。
そんな時に、先日、夫のAさんが加入している健康保険組合から会社経由で書類が届きました。見てみるとそこには、驚くべき内容が記載されていたのです。
「被扶養者資格再確認の結果、配偶者の収入が扶養判定基準を超えていたことが分かったため、遡って扶養を削除します。医療費高額療養費と給付金30万円ほど期日までに支払ってください」
妻のBさんは、働いていないのになぜと、訳がわからず呆然となってしまったのでした。
失業手当は社会保険上「収入」と見なされる
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。
実は、退職後に前職の健康保険から傷病手当金や出産手当金を受給している場合や失業給付を受給している場合はそれらの手当等も含めて計算されることになります。妻のBさんの失業手当は社会保険上「収入」と見なされ、基本日額手当(失業手当の1日あたりの受給額)が基準を超えていたため、夫の扶養に入れなかったのです。
失業給付は、一般的に待機期間があるケースが多いため、退職後すぐに手続きすると、一旦は扶養に入れますが、その後失業給付を受け取る場合は、扶養から外す手続きが必要です。Aさん夫婦は妻のBさんが失業給付を受給した時点で、Bさんを扶養から外す手続きが必要でした。
また、パート勤務の方も注意が必要です。お給料が夫の扶養の範囲を超えないように、毎月収入をコントロールして働いている方も多いでしょう。そんな時に見落としがちなのが「交通費が収入に含まれる」ということです。
交通費が収入に含まれることを知らずに、実際に働いた給与だけで130万円(月額108,333円)ギリギリに収めていたが、交通費を含めたら130万円(月額108,333円)を超えてしまっていたというケースが意外によくあります。このケースでも、交通費を含めると年収130万円の壁を超えてしまっているため、扶養から外れる手続きが必要となります。
このように、扶養に入れるか入れないかのボーダーラインを把握していないと、医療費や保険料をあとから請求されるなど、大変な損をする恐れがあります。
定期的な「被扶養者資格再確認」で収入がチェックされる
健康保険の扶養は、扶養に加入する際に収入等を確認されますが、その後通常は1年ごとに状況が変わっていないか、扶養の再認定という調査が行われます。
以前は、扶養の再認定はあまり行われていなかったので、扶養に入ったら入りっぱなしで、後で収入を細かく見られることは正直なかったのですが、近年は健康保険組合の財政があまりよくない等の理由から、健康保険組合が定期的に扶養に入っている方の資格を確認するようになっています。
この扶養の再認定の結果、万が一、健康保険組合に遡って扶養から削除された場合には、扶養を削除された日から今まで健康保険組合が負担した分の医療費や支給済給付金の返還を求められます。なぜでしょうか。
通常、病院での窓口負担は、本来の医療費の3割しか払っていません。つまり、残りの7割を加入している健康保険組合が負担しています。そのため、遡って扶養を削除され扶養の対象でなくなれば、その期間の7割分を自ら負担することになるのです。風邪などで1回病院にかかった位ならまだいいのですが、持病があり、定期的に病院に通っている方や入院・手術などで高額に医療費が掛かった方は後日、大きな金額を請求されるケースがあります。
例えば、扶養の再認定が10月にあり、収入が130万円を超えていたため、その年の1月1日に、遡って扶養の認定を取消(遡及)されたとします。
ちょうどその年にたくさん病院へ通ったりして、病院の窓口で3割負担した金額の合計が年間で12万円ほどだった場合は、健康保険組合が7割負担分として年間30万円分を負担していたことになるため、本来負担しなくていいはずの30万円という金額が健康保険組合から請求されることになるのです。
前述したAさん夫婦のケースはフィクションですが、ある健康保険組合では、過去に医療費・高額療養費・付加給付金などを合計してなんと約99万円もの金額を返還することになった事例が実際にあったそうです。
過去の医療費分は戻ってこない可能性大
では、健康保険組合から30万円を請求された場合、この30万円をどこかに請求できるのでしょうか。
例えば、妻のBさんが今年の1月に遡って扶養から削除された場合、今度はその受け皿となるお住まいの市区町村の国民健康保険に加入する必要が出てきます。日本は国民皆保険制度であり、国民全員が何かしらの年金、医療保険制度に1日の空白も空けずに加入する必要があります。そのため、市区町村で手続きをすれば、国民健康保険の資格取得日も扶養から削除された今年1月1日まで遡って、加入手続きを取ることになります。
もちろん、遡って加入すればその分の保険料を支払う必要があるため、今度は今年1月1日からの国民健康保険料が請求されることになるわけです。
次に問題の30万円の医療費分ですが、国民健康保険は遡って保険料を取られますが、過去の7割負担分については、やむをえない事由がない限り遡って負担してくれないのが原則です。「そんなひどい話があるのか」と憤るAさん夫婦の嘆きの声が聞こえてきそうですが、これが現実なのです。
国民年金保険料も追納する必要がでてくる
Aさん夫婦の悲劇はさらに続きます。健康保険については、前述のとおりになりますが、実は国民年金についても第3号被保険者でなく、第1号被保険者で加入すべきところ、間違って加入していたことになります。
社会保険では健康保険上の扶養であれば、国民年金の第3号被保険者としてもみなすため、セットで取り扱います。妻のBさんについても、夫のAさんの健康保険の扶養申請と同時に国民年金の第3号被保険者になってしまっていたというわけです。したがって、今度は国民年金についても今年の1月まで遡って手続きする必要が出てきます。
国民年金の第3号被保険者については、保険料負担が一切なく、将来年金をもらえる制度ですが、第1号被保険者だったとなれば毎月保険料が発生してきます。ちなみに、国民年金第1号の保険料は、16,610円(2021年度)です。したがって、例えば、今年度1年分遡ることになれば、追加で199,320円(16,610円×12ヶ月)もの負担が増えることになってしまうのです。
まとめ
転職や転勤など、働き方や生活スタイルが変わる節目の時期は、何かとやることが多いものです。そんな中で、扶養に関する手続きはなんだか面倒で、つい後回しにして忘れがち。
ですが、このように、制度の要件から外れたことを知らずに放置してしまい、当たり前に恩恵を受けていると、突然あちこちから高額の請求がくることになってしまいます。扶養から外れていたことが後から分かっても「知らなかった」「忘れていた」では済まされないのです。
社会保険の扶養の基準については、会社の健康保険組合によって判断基準が異なることもあるので、いざという時に備えて、しっかりと規約などでルールを確認しておくことをオススメします。
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KIWI ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士
長年、金融機関に在籍していた経験を活かし、個人のキャリアプラン、ライフプランありきのお金の相談を得意とする。プライベートでは2児の母。地域の子どもたちに「おかねの役割」や「はたらく意義」を伝える職育アドバイザー活動を行っている。
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