25/09/22
「年金生活者は住民税非課税世帯になった方が得」は本当か

国や自治体から支給されることがある給付金の支給条件は「住民税非課税世帯」となっていることがよくあります。また、給付金だけではなく、住民税非課税世帯が受けられる優遇措置はいろいろあります。
年金生活者の場合、住民税非課税世帯になるケースがありますが、給付金や優遇措置があるなら、いっそ住民税非課税世帯になった方がいいのでしょうか。
住民税非課税世帯は「住民税を課される人がいない世帯」
お住まいの都道府県や市区町村に納める住民税は、地域の教育、福祉、ゴミの処理など、さまざま公共サービスに利用されています。
住民税は「所得割」と「均等割」で構成されています。
所得割は、前年の所得金額をもとにして計算され、多くの自治体では、「道府県民税4%」「市区町村民税6%」の合計10%が課されます。なお、政令指定都市については、「道府県民税が2%」「市民税が8%」になります。
一方、均等割は、所得金額にかかわらず個人が等しく負担します。負担額は、道府県民税が1000円、市区町村民税が3000円の合計4000円。2024年度(令和6年度)からは、「森林環境税(国税)」が1000円追加で徴収されています。
森林環境税は、国土の保全、水源の維持、地球温暖化の防止、生物多様性の保全など様々な機能を有する森林の整備に必要な費用を確保するためのものです。
住民税を負担するのは住民の義務ですが、以下の要件を満たせば住民税が非課税となります。また、もし世帯メンバーすべてが住民税を課されない場合、住民税非課税世帯となります。まずは、東京都の例で住民税(所得割・均等割)が非課税になる要件を確認してみましょう。
●住民税(所得割・均等割)が非課税になる要件とは
・生活保護法による生活扶助を受けている人
・障害者・未成年者・寡婦又はひとり親で、前年中の合計所得金額が135万円以下(給与所得者の場合は、年収204万4千円未満)
・前年の合計所得額が45万円以下(年収100万円以下)
なお、同一生計配偶者又は扶養親族がいる場合は、35万円×(本人+同一生計配偶者+扶養親族)+31万円以下
※扶養親族には16歳未満も含みます
※東京23区外にお住まいの人は、均等割額が非課税となる合計所得金額が異なる場合がありますので、お住まいの市区町村にお問合せください。
住民税が非課税となるかどうかは、収入ではなく、所得によって決まります。所得は1年間の収入から経費(会社員の場合、給与所得控除)と個人の事情を税金に反映させる所得控除を引いて求めます。
上の例のように、扶養家族がいない場合、年収100万円以下であれば、住民税非課税世帯に該当します。
一方、たとえば
・会社員(本人)
・配偶者(専業主婦または主夫・収入なし)
・子ども2人
という4人家族の場合、「35万円×(本人+同一生計配偶者+扶養親族)+31万円」に当てはめて計算すると、「35万円×4人+31万円=171万円」です。
つまり、合計所得額が171万円以下であれば「住民税非課税世帯」となります。この場合の給与所得控除前の年収は、およそ255万円です。
住民税非課税世帯はどれくらいいる?
住民税非課税世帯の数をはっきりと示す統計はないのですが、厚生労働省「2024年国民生活基礎調査」をもとに計算することはできます。
<年代別の住民税課税世帯・非課税世帯の割合>

厚生労働省「2024年国民生活基礎調査」より筆者作成
表は年代別の全世帯数を100%と置き換えた場合の年代別の住民税課税世帯の数と住民税の納付額の分布を示したものです。住民税課税世帯の割合は72.3%となっています。
住民税の納付額の分布のうち、赤色で示したところはボリュームゾーンです。年代が上がるにつれて納める金額が増えており、40歳代・50歳代では「50万円以上」納付している割合も比較的高くなっています。しかし、60歳代以降になると住民税の納付額も再び少なくなります。
また、表の下部には「全世帯−住民税課税世帯」でわかる年代別の住民税非課税世帯の割合を示しました。住民税非課税世帯の全世帯に占める割合は27.7%です。同調査によると、日本の世帯の総数は5482万5000世帯ですので、その27.7%、およそ1518万世帯が住民税非課税世帯と推測できます。
また、住民税非課税世帯全体に占める各年代の割合を見ると、60歳代以上の割合が多く、全体の79.8%を占めていることがわかります。
年金生活者が住民税非課税世帯になる条件
65~70歳以上になると、ほとんどの方が年金収入で生活しています。
年金収入は「雑所得」として扱われ、課税されますが、公的年金であれば以下のような「公的年金等控除」を受けられます。
《公的年金等控除額》
・65歳未満:60万円
・65歳以上:110万円
65歳未満・65歳以上の場合で、どのくらいの年金であれば住民税非課税世帯に該当するのか具体例で確認してみましょう。
●65歳未満の場合
《扶養親族なし》
・45万円+60万円(公的年金控除)=105万円
《公的年金受給者が配偶者を扶養》
・(35万円×2+31万円)+60万円(公的年金控除)=161万円
●65歳以上の場合
《扶養親族なし》
・45万円+110万円(公的年金控除)=155万円
《公的年金受給者が配偶者を扶養》
・(35万円×2+31万円)+110万円(公的年金控除)=211万円
つまり、年金額が公的年金等控除とこの基準の合計額以下ならば、住民税は非課税になります。
なお、住民税の均等割の非課税の基準はお住まいの自治体で変わりますので、詳しくはお住まいの市区町村にお問合せください。
住民税非課税世帯が受けられる優遇措置
住民税非課税世帯になると生活救済の観点から、次に紹介するさまざまな優遇措置が受けられます。
① 2歳未満の保育が無償化される
幼稚園、保育所、認定こども園などを利用する全ての3〜5歳児の保育は原則無料です。さらに、 住民税非課税世帯は、0〜2歳児の保育料も無料になります。
② 認可外保育施設等が無償化される
認可外保育施設とは、認可保育所や認定こども園以外で子どもを預かる施設を指します。ベビーホテルや事業所内保育なども含まれます。こうした施設を利用する際、住民税非課税世帯の0~2歳児は月額4.2万円までの利用料が無償化されます。また、3~5歳児は世帯を問わず月額3.7万円までが無償化の対象です。利用には市町村から「保育の必要性の認定」を受ける必要があり、就労など一定の条件が求められます。
③ 高等教育の修学支援制度等の対象になる
高校生であれば、返済不要の「高校生等奨学給付金制度」が利用できます。たとえば、子どもが全日制の国立・公立高等学校等に進学する場合は年額14万3700円、私立高校に進学する場合は年額15万2000円が受け取れます。
また、「高等教育の修学支援新制度」では、2025年4月から「多子世帯(扶養する子どもが3人以上)」は所得制限なしで支援対象となっています。住民税非課税世帯を対象にした支援は、「返済不要の奨学金」と「授業料・入学金の減免」を組み合わせています。
最大級の支援が受けられるのは住民税非課税世帯(第Ⅰ区分)です。通う学校が国公立か私立か、どの種類の学校に通うかによって異なりますが、たとえば私立大学・自宅外通学の場合は、入学金最大20万円・授業料最大70万円が免除され、給付型奨学金が最大で年間約91万円支給されます。
④高額療養費の自己負担が減る
毎月の医療費の自己負担を一定額に抑えることができる高額療養費制度の自己負担額は所得水準で異なります。住民税非課税世帯は、この自己負担額も少なくて済みます。
⑤介護保険料の負担が減る
65歳以上の介護保険料は所得水準ごとに軽減されます。介護保険料の運営を行っている自治体ごとに減免措置の要件や内容が異なりますので、確認が必要です。
⑥高額介護サービス費の自己負担額の軽減
介護サービス利用料は、所得区分に応じて1カ月の自己負担限度額が決まっており、その限度額を超えると、申請することで超えた分が高額介護サービス費として払戻しを受けられます。住民税非課税世帯であれば、通常よりも限度額が低く設定されています。
⑦国民年金保険料の免除が受けられる
住民税非課税世帯では、国民年金保険料の全額または一部免除を申請できます。たとえば全額免除なら、老後の年金額は最大で通常の支給額の半額が保障されます。申請はマイナポータル等で可能で、未納扱いにならないよう手続きしましょう。
⑧国民健康保険料が軽減される
住民税非課税世帯は、国民健康保険料の均等割(定額部分)および所得割(所得に応じた部分)について、2割〜最大7割の減額措置が受けられます。申請期限が納期限までであり、早めの手続きが必要です。
⑨NHK受信料が免除(障害者がいる住民税非課税世帯が対象)
公的扶助受給者、身体障害者、知的障害者、精神障害者がいる世帯でかつ、世帯構成員全員が市町村民税(特別区民税を含む)非課税の場合、NHK受信料が全額免除になります。
申請には、障害者手帳や住民税非課税証明書などの書類を持って、NHKまたは市区町村の障害福祉窓口で手続きを行います。
⑩さまざまな給付金の対象になる
住民税非課税世帯の物価高騰への対応として、2025年1月以降、各自治体では1世帯あたり3万円の給付と、子ども一人につき2万円の加算を行った支援策がすでに実施されており、多くの世帯に適用されています。
今後も、一律2万円の給付に加え、住民税非課税世帯には追加で2万円上乗せされる案(最大で1人あたり4万円給付)が検討されています。
また、住民税非課税に限らず、一定の年金受給者向けに上乗せ給付として設けられた「年金生活者支援給付金」も、2025年度から制度内容が強化されています。老齢年金受給者向けの支給額は月約5,450円で、基準額に対し支給が行われます。
「住民税非課税世帯」になった方がいいのか?
住民税非課税世帯になると、社会生活を行う上でのさまざまな優遇を受けることができ、大きなメリットといえるでしょう。実際、先述のデータでも60歳代以降は住民税非課税世帯が増えます。
それなら「年金暮らしになったら、住民税非課税世帯となり、優遇を受けながら暮らしてもいいかも?」と考える人がいるのではないでしょうか。とはいえ、わざわざ住民税非課税世帯になってよいことはあるのでしょうか。むしろ、以下の2つの理由から、わざわざ住民税非課税世帯になる必要はないのではないかと思います。
●住民税非課税世帯になる必要はない理由1:「所得が少ない」ため生活が不自由
総務省の「2024(令和6)年家計調査」によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯で必要な生活費は月約26万円(年312万円)、単身世帯では月約15万円(年180万円)とされています。
一方で、住民税非課税世帯の収入目安は、65歳以上の単身で155万円以下、夫婦で211万円以下です。つまり、標準的な生活費に比べて17~33%も少ない収入で暮らさなければなりません。
確かに非課税世帯には医療費や教育などで優遇措置がありますが、それは子育て世帯や病気を抱える世帯など「本当に困窮している世帯」を支援するための仕組みです。
多くの高齢世帯が望む「ゆとりある、いきいきとした老後生活」を考えれば、資金的な余裕が前提となります。優遇措置を受けるために無理に収入を減らすのは、かえって生活の不自由さにつながってしまうでしょう。
●住民税非課税世帯になる必要はない理由2:世帯分離で保険料や税金が増えるリスク
世帯分離とは、同じ住所に住んでいる家族を、住民票上で別世帯に分けることです。介護保険の自己負担額は「世帯の所得」によって決まるため、世帯分離をして世帯所得を下げ、介護費用の負担を軽くしようとするケースがあります。
しかし、その一方で思わぬ落とし穴もあります。例えば、世帯分離によって配偶者控除や扶養控除の対象から外れてしまい、税額が増えることがあります。また、国民健康保険料を支払っている世帯では、分離後に保険料がかえって高くなるケースも少なくありません。
このため、「住民税非課税世帯の優遇措置を受けたいから」という理由だけで安易に世帯分離を行うのはおすすめできません。介護費用・税金・保険料をトータルで比較し、慎重に判断することが大切です。
住民税非課税世帯を目指すメリットはない
住民税非課税世帯にはさまざまな優遇措置がありますが、本来は「やむを得ず収入が少ない世帯」を支えるための仕組みです。病気や失業など、避けられない事情で収入が減ったときには活用すべき制度ですが、意図的に収入を減らしてまで非課税世帯を目指すのは得策ではありません。むしろ、生活の自由度を下げてしまう可能性があります。
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舟本美子 ファイナンシャルプランナー
「大事なお金の価値観を見つけるサポーター」
会計事務所で10年、保険代理店や外資系の保険会社で営業職として14年働いたのち、FPとして独立。あなたに合ったお金との付き合い方を伝え、心豊かに暮らすための情報を発信します。3匹の保護猫と暮らしています。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。FP Cafe登録パートナー

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