25/08/02
年金がプラス83万円上乗せ「長期加入者の特例」、対象となる人は意外と少ない

厚生年金には、長く加入することで年金が上乗せになる「長期加入者の特例」という制度があります。また、長期加入者の特例に該当する人に年下の配偶者がいると、加給年金が上乗せされます。長期加入者の特例は老齢年金が上乗せになる心強い制度ですが、対象となるのはどのような人なのでしょうか。今回は、長期加入者の特例を詳しく解説します。
厚生年金に44年以上加入するともらえる年金が増える
厚生年金に44年以上加入すると年金が約83万円上乗せになる制度があります。この制度を「長期加入者の特例」といいます。
一定の生年月日より前に生まれた人は「特別支給の老齢厚生年金」の報酬比例部分をもらうことができます。このとき厚生年金に44年以上加入した人には、特別支給の老齢厚生年金の「定額部分」が上乗せになるのです。
この定額部分の上乗せ額は以下の計算式で求めることができます。
☆特別支給の老齢厚生年金の「定額部分」
=1,734円×生年月日に応じた率(1.000)×厚生年金被保険者期間の月数(上限480月)
=1,734円×1.000×480月=83万2320円
これは2025年4月からの68歳以下の人に対する計算式です。計算に使われる単価や生年月日に応じた率は毎年見直されます。長期加入者の特例では加入期間が44年の場合は528月になりますが、被保険者期間は上限が480月と定められています。2025年の場合、上乗せになる金額は年間で約83万円になる見込みです。
●長期加入者の特例を受けるための要件
長期加入者の特例で年金が約83万円上乗せになる人は、以下の3つの要件を満たす人です。
1)特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢になっている
2)厚生年金の加入期間が44年以上である
3)厚生年金に加入していない
また、厚生年金の加入者は長期加入者の特例を受けることはできません。ただし、パートやアルバイトなどで厚生年金に加入せずに働く場合は特例を受けることができます。
厚生年金に44年間加入し65歳未満で退職する人となると、長期加入者の特例に該当する人は限られます。中卒で働き始め60歳まで働いた人、もしくは高卒で就職し63歳まで働いた人であれば、長期加入者の特例に該当する可能性があるでしょう。大卒の人は、長期加入者の特例には該当しません。
特別支給の老齢厚生年金の対象者で長期加入者の特例にも該当するときは、自動的に定額部分が上乗せされるため、特に手続きは不要です。ただし、受給が始まった後、厚生年金に加入して働き始めた場合は支給停止になります。また、この特例は65歳になれば支給が終了するので留意しておきましょう。
そもそも特別支給の老齢厚生年金ってどんなもの?
長期加入者の特例で上乗せとなるのは、特別支給の老齢厚生年金の定額部分です。ではここで、特別支給の老齢厚生年金について確認しておきましょう。
特別支給の老齢厚生年金は、法改正で1981年4月から年金の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられた際、特別措置として導入された制度です。その頃、定年退職の年齢は60歳が一般的でした。しかし、一気に受給開始年齢を引き上げてしまうと、多くの人は年金をもらい始めるまでに5年の空白期間が生じます。そのため年金の受給開始年齢を段階的に引き上げることになったのです。
受給要件に該当する人は、特別支給の老齢厚生年金の「報酬比例部分」を受け取ることができます。
特別支給の老齢厚生年金の受給要件は下記の通りです。
・男性は、1961年(昭和36年)4月1日以前に生まれた
・女性は、1966年(昭和41年)4月1日以前に生まれた
・老齢基礎年金の受給資格期間(10年以上)がある
・厚生年金に1年以上加入した
受給要件に該当する人は、「ねんきん定期便」に特別支給の老齢厚生年金が記載されているので、確認してみてください。
特別支給の老齢厚生年金でもらえるのは報酬比例部分ですが、厚生年金に44年以上加入していれば、会社を退職して65歳になるまでの間に「定額部分」も上乗せされます。
年下の配偶者がいれば加給年金も上乗せ!
長期加入者の特例で年金が上乗せになる人の中には、「加給年金」も一緒にもらえる人もいます。加給年金とは、厚生年金に20年以上加入していた人が「特別支給の老齢厚生年金の定額部分」もしくは「65歳からの老齢厚生年金」をもらう際、65歳未満の配偶者を扶養していれば上乗せされる年金のことです。扶養する配偶者が65歳になるまでの間、年間で約39万円もらうことができます。ちなみに2025年4月からの加算額は、年額41万5900円です。
長期加入者の特例に該当する人は特別支給の老齢厚生年金の定額部分をもらうことになるので、加給年金の受給対象者になります。つまり、自身が受け取る特別支給の老齢厚生年金に約83万円が上乗せされ、加えて加給年金の約41万円が加算されるということです。加給年金は手続きをしないともらえないので、自身が該当するときは忘れないように手続きしましょう。
長期加入者の特例はじっくり検討してから利用しよう
男性は1961年4月1日以前に生まれた人、女性は1966年4月1日以前に生まれた人は特別支給の老齢厚生年金を受給でき、なおかつ厚生年金に44年以上加入していると長期加入者の特例を利用できます。
通常、一定の生年月日以降に生まれた人の場合、特別支給の老齢厚生年金は報酬比例部分しか受け取れませんが、長期加入者の特例を利用すると定額部分も受け取れます。定額部分は老齢基礎年金の受給額に相当するので、通常よりも多くの年金をもらうことができ、お得に感じられるかもしれません。
しかし、長期加入者の特例は厚生年金の加入者は利用できません。定額部分を上乗せできる恩恵を受けるためには、会社を退職するか、働く時間を減らして社会 保険適用から外れる必要があります。仕事を辞める、もしくは働く時間を減らすということは、収入を減らすことになってしまいます。また、65歳になれば通常の老齢年金に移行するので、定額部分が上乗せされる期間は有限です。
●会社を辞めて失業保険を受け取ると年金は支給停止に
長期加入者の特例を利用するために会社を辞めても、雇用保険の基本手当(失業保険)を受給したら年金がもらえなくなります。なぜなら、特別支給の老齢厚生年金など65歳未満で受け取る年金と失業保険は同時に受給できないという決まりがあるからです。失業保険の受給期間中は年金が全額支給停止になります。長期加入者の特例は、特別支給の老齢厚生年金の定額部分を受け取れるのでお得と考えがちですが、失業保険をもらえなくなることは留意しておきたいです。
●長期加入者の特例を利用するのは本当に得なのか?
さらに、利用前にじっくり検討したいことがあります。それは、長期加入者の特例の利用が本当に収入面でお得なのかどうかという点です。前にも述べましたが、長期加入者の特例を利用するには、働き方を減らすか退職する必要があります。つまり、収入が大きく減る可能性があるのです。
ここで重要なのは、今まで通り働き続けることで得られる収入を確認することです。長期加入者の特例を利用して受け取れる年金額は、今後も継続して働くことで得られる収入よりも多いでしょうか?もらえる年金額よりも、厚生年金に加入し継続して働く方が収入は多くなる可能性があります。
●厚生年金に加入して働けば年金額を増やせる
厚生年金に加入して働けば、今まで通りの収入を得ることができます。また、厚生年金の加入期間が長くなれば、65歳からもらえる老齢厚生年金を増やせます。さらに、65歳まで厚生年金に加入し続けると、65歳になるまではiDeCoに加入できます。
iDeCoは掛金の負担はありますが、老齢年金の補てんになる制度です。それに掛金全額は所得控除になるので節税にもなるでしょう。
●働き続けると健康面にもプラスになる?
働き続けることは、収入面のメリットをもたらすだけではありません。
仕事を辞めると社会とのつながりがなくなり、孤独に悩む人もいるようです。地域活動などに参加すれば孤独は解消するかもしれませんが、自分に合う場が必ずしもあるとは限りません。しかし、仕事を続けていれば、社会とのつながりができます。
また、仕事に取り組むことによって、孤独を感じることはなくなるので精神的にもメリットが多いのではないでしょうか。通勤のために外出する機会があれば、それが運動にもなるので、健康面でもメリットを得られるでしょう。
人は高齢になるほど病気やケガのリスクが高まります。それに最近増えている生活習慣病も運動不足が原因の1つといわれています。ウォーキングなど運動の習慣があれば、病気も防ぐことができます。外へ出て働くということは、経済的なメリットだけでなく、精神面や健康面にもメリットがあるのです。
長期加入者の特例の受給手続きは?
長期加入者の特例は、厚生年金の加入期間が44年以上で、特別支給の老齢厚生年金の受給権がある60歳以上65歳未満の人が、退職して厚生年金の資格を失った場合に長期加入者の特例を受け取れます。
この場合、特別支給の老齢厚生年金をもらいながら働いている人は、基本的には受給のための手続きは必要ありません。
会社を退職すると、会社が管轄の年金事務所へ退職者の「被保険者資格喪失届」を提出します。その際、あわせて「長期加入者の特例」の手続きも行われるので、受給者が手続きをしなくても年金に長期加入者の特例が加算されるのです。
2025年7月時点で、1961年(昭和36年)4月1日以前に生まれた64歳の男性は特別支給の老齢厚生年金の受給権がありますが、この場合、厚生年金に44年以上加入したうえで会社を退職すれば、長期加入者の特例を受け取れます。ただし、65歳からもらう老齢年金には長期加入者の特例の加算はないので、受給できる期間はわずかです。
しかし、女性は特別支給の老齢厚生年金の対象となる年齢が男性よりも5年遅れになっているため、これから受給権が発生する人もいるでしょう。その中で厚生年金の加入期間が44年以上の人は、長期加入者の特例を受け取れます。
長期加入者の特例を受け取る際には特に手続きは必要ありませんが、特別支給の老齢厚生年金をもらうには手続きが必要になるので、その方法をご紹介します。
●特別支給の老齢厚生年金の受給手続き
特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢に達する3か月前に、日本年金機構から「年金請求書」と「年金の請求手続きのご案内」が届きます。
年金請求書を受け取ったら、必要事項を記入し、下記の添付書類とともに年金事務所へ提出します。
・生年月日を明らかにできる書類(戸籍謄本、戸籍抄本、戸籍の記載事項証明、住民票、住民票の記載事項証明書のいずれか)
・年金を受け取る金融機関の口座情報(通帳やキャッシュカードのコピー。本人名義に限る)
状況によっては、雇用保険被保険者証など追加で書類が必要になる場合があります。詳細は年金の請求手続きのご案内で確認してください。
ここで1つ注意したいことがあります。年金請求書は特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢になってから提出しましょう。日本年金機構から年金請求書が届いてからすぐに書類を提出しても、受給開始年齢より前は受付してもらえません。また、年金請求書と一緒に提出する戸籍謄本や住民票などは、受給権が発生した日以降に交付されたもので、かつ、年金請求書の提出日の6か月以内に交付されたものを用意する必要があります。このように年金請求書の提出日や添付書類の日付には注意しましょう。
●加給年金の受給手続き
長期加入者の特例の対象者のうち、年下の配偶者がいる人は同時に加給年金も受け取ることができます。ここで加給年金の受給手続きも確認しておきましょう。
加給年金は自動的に加算されるものではないため、受給には手続きが必要です。
厚生年金の加入期間が20年以上になり、特別支給の老齢厚生年金を受給できる年齢に達した場合、特別支給の老齢厚生年金の請求時に対象となる配偶者の確認が取れれば、受給できます。
また、特別支給の老齢厚生年金の請求時に対象となる配偶者の確認が取れなかった場合でも、厚生年金の加入期間が20年以上になれば加給年金を受給できます。その場合、年金事務所へ「老齢厚生年金・退職共済年金 加給年金額加算開始事由該当届」を提出します。その際、下記の添付書類の原本も一緒に提出しましょう。
・受給権者の戸籍抄本または戸籍謄本(記載事項証明書)
・世帯全員の住民票の写し(続柄・筆頭者が記載されているもの)
・加給年金額の対象者の所得証明書、非課税証明書のうち、いずれかひとつ
※上記は、本人や対象者のマイナンバーを記載すれば添付を省略できます。
長期加入者の特例で年金が増えたとしても利用は慎重に
厚生年金の加入期間が44年以上になる人は、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)をもらう際に、定額部分も上乗せされます。この制度を「長期加入者の特例」といいます。この特例を受けるには、「特別支給の老齢厚生年金の受給対象者」「厚生年金の加入期間が44年以上」「厚生年金の未加入者」という3つの要件を満たす必要があります。また、長期加入者の特例の対象者に年下の配偶者がいる場合、加給年金も上乗せされるのでお得です。ただし、長期加入者の特例は65歳になれば終了となるので留意しておきましょう。
また、長期加入者の特例を利用する前に、今の仕事で得られる収入と、特例によって得られる年金額を比較しましょう。もしかしたら、仕事を続ける方が経済的なメリットが大きくなる可能性があります。それに、働くことで得られる社会とのつながりや健康面のメリットも考えたうえで、長期加入者の特例を利用するかどうか決めるのがよいのではないでしょうか。
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前佛 朋子 ファイナンシャル・プランナー(CFP®)・1級ファイナンシャル・プランニング技能士
2006年よりライターとして活動。節約関連のメルマガ執筆を担当した際、お金の使い方を整える大切さに気付き、ファイナンシャル・プランナーとなる。マネー関連記事を執筆するかたわら、不安を安心に変えるサポートを行うため、家計見直し、お金の整理、ライフプラン、遠距離介護などの相談を受けている。

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