23/03/19
N分N乗方式ってなに?子育て世帯の税負担を40万円下げるのは本当か。デメリットは?
急速に進む少子化に対抗するべく、岸田政権は「異次元の少子化対策」に力を入れることを表明しています。ただ、なかなか抜本的な対策が打ち出せずにいるのも実情です。そんななかで、「N分N乗方式」という、子育て世帯の税負担を減らす税制が話題になりました。
今回は、N分N乗方式の仕組みと税額の計算例、デメリットについて解説します。
そもそもN分N乗方式ってなに?
N分N乗方式は、フランスで1946年から導入されている税の制度です。N分N乗方式では、税額を次の計算式で算出します。
●N分N乗方式の計算方法
所得の合計÷世帯人数(N)×所得税率=1人あたりの所得税額
1人あたりの所得税額×N=納めるべき所得税額
N分N乗方式では、1世帯の所得の合計金額を子どもなどの扶養家族も含めた世帯人数(N)で割り、1人あたりの所得税額を算出します。そして、その金額にNをかけることで、納めるべき所得税額を計算します。Nで割ってNをかけるので「N分N乗方式」というわけですね。日本の所得税は個人単位で課税しますが、N分N乗方式では世帯単位で課税します。
フランスでは、子どもは2人目までは0.5人、3人目からは1人として計算します。つまり、たとえば夫婦と子ども2人の4人家族の場合Nは3、夫婦と子ども3人の5人家族ならNは4となります。N分N乗方式の場合、子どもなどの扶養家族が多い世帯ほど所得税の負担が減ります。これが少子化対策につながるとして、日本でも話題になったのです。
N分N乗方式で税額はいくら減る?
日本もフランスも、所得税には累進課税制度が採用されています。累進課税制度では、税金の計算のもとになる課税所得が多くなると段階的に税率が上がります。
●日本とフランスの所得税率表
(株)Money&You作成
フランスの課税所得はユーロで記載されていますので、1ユーロ=143円で計算した金額の目安を参考までに載せてあります。日本とフランスでは、金額や税率の区分などに細かな違いはありますが、課税所得が多いほど適用される税率が高くなることがわかります。
実際、年収が上がっても手取りの額はそれほど増えません。なぜなら、年収が上がるほど特に所得税が大きく増えるからです。
●所得税の負担が大きい
(株)Money&You作成
グラフは東京都・40歳・独身の会社員が年収300万円から2000万円までだった場合の手取り額を示しています(所得控除は基礎控除と社会保険料控除のみで試算)。年収が上がるほど、特に所得税が大きく増えていることがわかります。
では、もしN分N乗方式を導入したら、税額はいくら減るのでしょうか。現行制度とN分N乗方式で比較しました。
●N分N乗方式を導入すると税額はいくら変わる?(共働き)
(株)Money&You作成
夫婦共働きで子ども1人(中学生)、東京都在住の世帯で、夫と妻の年収はそれぞれ500万円だとします(所得控除は基礎控除と社会保険料控除で計算)。
現行制度は個人単位で課税しますので、夫と妻の課税所得をそれぞれ算出して、それに基づいた所得税が計算されます。この例では、世帯全体で54万円です。
N分N乗方式では、世帯の所得を合計し、それをNで割ります。ここでは、所得の合計464万円、Nは2.5ですから、464÷2.5=1人あたり186万円。そこに今の税率(5%)をかけると、1人あたりの所得税額が9.3万円とわかります。最後に、この9.3万円にN(2.5)をかけると、世帯全体の所得税額は23.2万円になります。
したがって、N分N乗方式では現行制度より約30万円も税金が減ります。
●N分N乗方式を導入すると税額はいくら変わる?(片働き)
(株)Money&You作成
今度は、夫または妻の片働きで子ども1人(中学生)、東京都在住の世帯だとします。夫または妻の年収は1,000万円です(所得控除は基礎控除・社会保険料控除・配偶者控除で計算)。
現行制度の場合、課税所得586万円に対して所得税が74万円かかります。
N分N乗方式の場合、世帯全体の課税所得586万円をN(2.5)で割り、そこから算出される1人あたり所得税に2.5をかけると、世帯全体の所得税は34.3万円と算出できました。つまり、N分N乗方式ならば所得税が約40万円も減るのです。
以上から、N分N乗方式は
・世帯年収が同じ場合は片働き世帯の方が有利
・子供の数が多いほど有利
ということがわかります。
N分N乗方式にもデメリットがある?
子育て世帯の税負担が減らせるN分N乗方式は、一見良さそうな制度です。しかし、すんなりと導入できないのには、理由があります。実際、過去にN分N乗方式の導入の是非が取り上げられた際にも、政府は慎重な姿勢でした。
N分N乗方式のデメリットとして指摘される点と、それに対する筆者の意見を紹介します。
●N分N乗方式のデメリット1:高所得者に有利で、税制の所得再分配機能が損なわれる可能性がある
財務省によると、納税者の6割は所得税率が5%となっています。そのためN分N乗方式が導入されてもこの6割には減税効果が生じないと指摘しています。N分N乗方式の恩恵を受けるのは主に高所得者で、高所得者の税額が減るのであれば、所得の再分配機能が損なわれてしまう、というわけです。
しかし、高所得者は余裕で子育てをしているのかといえば、そんなことはありません。高所得者は前述のとおり税負担が重くなっており、子育てに回せるお金が少ないのが実情です。そのうえ、児童手当や高校無償化などの子育て支援制度を利用できない「子育て罰」を被っています。そういったことなどが原因で少子化を加速させているわけですから、N分N乗方式を導入して税負担を軽くすることを考えてもいいのではないでしょうか。
●N分N乗方式のデメリット2:共働きのほうが受けられる減税効果が小さくなりやすいため、不公平感がある
同じ世帯年収であれば減税効果が大きいのは片働きでした。共働きで片方がパートなどの場合、それを不公平に感じてパート収入を抑えるというインセンティブになってしまう懸念がある、という指摘があります。
確かに、不公平にならないような調整は大切です。しかし、「異次元の少子化対策」をするのであれば、もっとも優先すべきは「子育てのしやすさの環境を整える」ことだと考えます。N分N乗方式によって大幅な減税が受けられれば、より子育てに力が注げるでしょう。
●N分N乗方式のデメリット3:所得税収が減る
N分N乗方式を採用すると、当然ですが税収が減ります。税収を大きく減らさないようにするためには、現状の累進課税制度を見直すなど、抜本的な改正が必要で時間がかかる、という指摘もあります。
少子化対策というと、児童手当を拡充する話になりがちです。しかし、給付金を配るための費用はそもそも税金の無駄遣いです。給付金を配ろうとすると、事務コストや人件費などがかかることを忘れてはいけません。N分N乗方式を取り入れることで減収につながったとしても、事務コストや人件費の無駄遣いを減らすことにつながります。
また、N分N乗方式がどれほど少子化対策に効果があるのか、日本の税制に合っているのかは未知数で、いくら検証してもわかりません。実際にやってみないとわからないですし、やらなければ変わらないのですから、まずは導入して状況に応じて修正していくというスタンスで取り組むのがいいと考えます。
まとめ
少子化対策で話題になっているN分N乗方式の仕組みと、N分N乗方式によって安くなる金額、そしてN分N乗方式のデメリット・考え方を紹介してきました。日本に残された時間は少なく、少子化対策は待ったなしなのですから、政府には子育てのしやすさを優先して異次元の少子化対策に取り組んでもらいたいものです。
今回の内容は動画でも紹介しています。ぜひご覧ください。
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頼藤 太希 マネーコンサルタント
(株)Money&You代表取締役。中央大学商学部客員講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生命保険会社にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に現会社を創業し現職へ。ニュースメディア「Mocha(モカ)」、YouTube「Money&YouTV」、Podcast「マネラジ。」、Voicy「1日5分でお金持ちラジオ」、書籍、講演などを通じて鮮度の高いお金の情報を日々発信している。『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)、『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)、『マンガと図解 はじめての資産運用』(宝島社)、など書籍100冊、累計170万部超。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。日本アクチュアリー会研究会員。X(旧Twitter)→@yorifujitaiki
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