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21/03/17

相続・税金・年金

年金の「繰下げ受給」注意すべき7つの盲点

年金をもらい始める時期を遅らせて受給額を増やす「繰下げ」の注目が高まりつつあります。マネー雑誌では、人生100年時代に備えた資金確保に有効と「年金の繰下げ受給」を勧めている記事が目立ちます。最近では、国としても年金繰下げの有効性をPRするため、毎年誕生日月になると届く「ねんきん定期便」にも繰下げ受給の増加率の説明が加わりました。

しかしながら、増額率などのおトク感ばかりが先行し、制度の詳しい仕組みやデメリットはあまり知られていないのも事実です。安易に繰下げ受給を決めてしまうと、後になって「こんなはずじゃなかった!」と後悔することにもつながりかねません。そこで今回は、繰下げ受給の際、見落としがちな7つの盲点を紹介します。受給の繰下げを検討する際には、自分にとって有利な選択なのかどうかを見極められるようにしておきましょう。

盲点その1:長生きすればメリット 得になるのは、もらい始めて12年後

繰下げ受給は長く生きるほど効果があります。年金の受給を後ろ倒しにすればするほど増額率は大きくなりますが、増えた年金を受け取り始めた直後に本人が亡くなるような事態になったら、65歳からもらった方がよかったということになりかねません。

繰下げするかどうかの検討の際によく取り上げられるのが「損益分岐点」です。「損益分岐点」とは、繰下げた場合の受取総額が、65歳からもらった場合の受取総額を上回る時点のことであり、繰下げる年齢により異なります。受給開始年齢別に以下にまとめてみました。

●繰下げ受給の損益分岐点(71歳以降は2022年実施の制度改正後)

2022年からは制度改正があり、最大75歳まで繰下げることが可能になり、増額率もなんと84%に!こんなに増えるならいっそのこと75歳まで繰下げをしたほうが良さそうに思えますが、結果的におトクになるのは、年金をもらい始めて約12年後の話。つまり、75歳で年金をもらい始めるなら、87歳まで生きたところで、初めて年金総額が上回り、その後はトクするという計算になります。

ちなみに厚生労働省が発表した2019年の平均寿命は、男性は81.41歳で女性は87.45歳です。女性の方が長く生きる可能性が高いので、検討する余地があるものの、よっぽど健康に自信がある方以外は、無理して繰下げ受給を選択しなくても良いかもしれません。自分が長く生きるかどうかは誰にも分からないため、75歳まで繰下げたほうが絶対におトクとは言い切れないのです。

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盲点その2:税金や社会保険料も増える 「手取り」では目減りも

前述のとおり、75歳まで繰下げると年金額は84%増えますが、実はこれは「額面」の数字です。年金額が増えれば、税金のほか、健康保険や介護保険といった社会保険料などが増える場合が多く、その分「手取り」は目減りすることになります。75歳受給が有利だとは言い切れない理由がここにもあるのです。

65歳、70歳、75歳の受給開始年齢を設定し、75歳時点での税金や社会保険料等の負担と手取り額の試算をしてみました。

●75歳時点での手取り比較(65歳で年金額180万円の人のケース)

上の表では、65歳、70歳繰下げ、75歳繰下げの年金受給額、それにかかる税・社会保険料の額と、年金受給額から税・社会保険料負担額を差し引いた実際の受給額を「手取り額」として記載しています。

70歳まで繰下げた場合、年金額は42%増加しますが、税・保険料負担率は繰下げなかった時と比べ、9.8%から15.4%へ上昇します。また、75歳まで繰下げると年金額は84%増加しますが、税・保険料負担率は繰下げなかった時と比べ、9.8%から18.0%と約2倍の負担増になるのです。

このことから、繰下げ受給をすると年金額は増えますが、それ以上に税金・社会保険料の負担が増えるため、手取りはそこまで増えないことがわかります。
一方で年金収入が増えれば医療保険や介護保険の負担割合が変わり、世帯の支出が膨らむことでダブルパンチをくらってしまう可能性もあるため、注意が必要なのです。

盲点その3:繰下げて増えるのは年金の本体だけ 加給年金など加算部分は対象外

夫婦で年金受給を考えた場合、老齢厚生年金の家族手当にあたる「加給年金」という加算額が夫側に付く場合があります。これは、厚生年金に20年以上加入した夫が65歳になったときに年下の妻がいれば、妻が65歳になるまで夫の厚生年金に上乗せされるもの。この金額は、年額で約39万円と決して少なくない額ですが、この加算部分は増額の対象外で、老齢厚生年金を繰下げれば、その間はもらえなくなってしまいます。仮に5歳以上年下の妻がいる夫が70歳まで繰下げると、5年分の計200万円近くを失うことになります。

また、夫の加給年金は妻が65歳になると妻の年金の「振替加算」に切り替わります。こちらは妻が年上でも条件を満たせば夫が65歳になったときから妻自身の年金に付くものですが、この振替加算も増額の対象外で、年金を繰下げている間は受け取ることができなくなってしまいます。金額は妻の生年月日で異なりますが、年額で約1万5000~22万円台(1966年4月2日生まれ以降は0)と幅があり、受け取り始めれば一生続きます。年齢が高い人ほど金額は大きいため、繰下げを利用するなら、やはり増額分と見比べて判断する必要があります。

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盲点その4:「在職老齢年金」による調整の影響 支給停止部分は増額なし

高齢になっても働けるうちは働いて、その間年金を繰下げ、受給額を増やそうと考える方も多いと思います。続けて高収入を得る場合に見落としがちなのが「在職老齢年金」による調整部分。シニアが厚生年金に加入して働いて給与や年金額の合計が一定の基準を上回ると、厚生年金の一部、または全額を停止するのがこの制度です。

65歳未満の「低在老」と65歳以上の「高在老」に分かれますが、繰下げで注意したいのは高在老の方。繰下げ待機期間中も65歳時点の本来の老齢厚生年金額に対してこの制度が適用され、支給調整が発生します。その場合、繰下げで増えるのは支給停止されなかった部分だけで、支給停止部分は増額の対象外となります。

65歳以上の支給調整の基準額は、月収(給与・賞与合計の月額換算)と本来受け取れる年金月額の合計で47万円(2020年度)。この基準額を上回ると超過分の2分の1が年金月額から差し引かれる仕組みになっています。

例えば年金が月20万円の場合、月収27万円を超えると減額が始まり、67万円を超えると全額支給停止となります。そもそもの基準額が高いので、企業の役員やオーナーなど収入が多い人に対象は限られてきますが、注意が必要です。さらに、この場合、65歳以降も厚生年金に加入して働くので、70歳までの在職期間に関しては、その分の老齢厚生年金額が上積みされますが、上積み部分は繰下げ増額の対象にはならないことも覚えておきましょう。

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盲点その5:他の年金の権利発生で、増額効果がないに等しくなることも

年金受給者らが亡くなったときに家族に支給される遺族年金でも注意が必要です。
まずは65歳になる前に遺族年金を受給しているなら、自分の老齢年金を繰下げて増やすことはできません。繰下げができるのは、原則として他の年金の受給権が発生するまでと決まっており、すでに遺族年金をもらっているなら、そもそも繰下げの仕組みは利用できないことになります。障害年金を受け取っている場合も同様です。

また、仮に妻が自分の厚生年金を繰下げても、その後夫が亡くなって遺族厚生年金をもらう場合、増額効果がないに等しくなってしまうこともあります。夫が亡くなると妻は
①自分の老齢厚生年金
②夫の老齢厚生年金の4分の3
③自分と夫の老齢厚生年金の半分ずつ
の3つの選択肢の中から多い年金額をもらうことになりますが、そもそもの妻の厚生年金額が少なければ、たとえ繰下げて増額してもやはり②が最も高額となり、繰下げても繰下げなくても結果は変わらないというケースが考えられるためです。

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盲点その6:遺族年金は増えない 65歳時点に戻って本来の額で再計算

では、老齢年金を繰下げて増額した本人が亡くなるとどうなるのでしょう。「自分は長生きしないかもしれないけれども、遺された家族が受け取る年金額が増えるなら繰下げ受給を選択しよう」という考えの方もいらっしゃるようですが、これもよくある勘違いです。

仮に66歳以降に繰下げて増額した年金を受け取っていた夫が亡くなった場合、妻らは増額した年金を基に計算した遺族年金をもらえると思いがちですが、実際はそうではなく、遺族年金は夫が65歳時点でもらうはずだった本来の年金額に戻って再計算されます。そのため、繰下げで遺族年金が増えることはないということを覚えておきましょう。

繰下げしようと待機していて途中で亡くなった場合も同様です。この場合も遺族年金は65歳時点の本来の金額で決まり、待機中の分も本来の金額で計算し、「未支給年金」として家族に別途支払われるだけです。

盲点その7:年金事務所で手続きをしないと支給は始まらない もらい忘れも注意

繰下げ受給は、何歳から受け取ると事前に決めたら、自動的に振り込まれるようになると思っていませんか?年金制度は、申請主義をとっており、自ら申請して初めて受け取ることができるようになります。そのため、繰下げ受給をしようと、受給申請を先送りにしたばかりに、受給のための手続き自体を忘れてしまうことは絶対に避けたいものです。

「自分に限ってそんなことはない」と思いがちですが、高齢になるにつれ、認知機能も弱まるのも事実。周りの家族は、当然年金を受け取っているものとして、気がつくのが遅れるケースもあります。法律上は、受給権が発生しても、請求しないで5年が経つと時効になってしまいます。国はもらい忘れの年金については、積極的には教えてくれないため、年金を繰下げる場合には、周囲の家族にも伝えておくなど、期日管理できる仕組みを整えておきましょう。

KIWI ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士

長年、金融機関に在籍していた経験を活かし、個人のキャリアプラン、ライフプランありきのお金の相談を得意とする。プライベートでは2児の母。地域の子どもたちに「おかねの役割」や「はたらく意義」を伝える職育アドバイザー活動を行っている。

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