21/10/29
年金繰り下げの損益分岐点は働き方で変わる! 損益分岐点がどう変わるかケース別で確認
「老齢基礎年金(国民年金)」や「老齢厚生年金」などの公的年金の受給開始年齢は65歳からですが、65歳以降に受給開始を遅らせる「繰下げ受給」を選択することも可能です。
現状70歳まで5年間繰り下げることができますが、2022年4月からはさらに75歳まで受給開始年齢を遅らせることが可能になります。
70歳まで繰り下げることで年金額は42%増加し、もし75歳まで繰り下げると84%の年金額が増加するのですが、実は働き方によって、年金繰り下げの損益分岐点が変わります。どういうことか、解説します。
年金繰り下げの検討は損益分岐点を目安にする
「公的年金を何歳から受け取るのが一番お得なのか」は、誰もが知りたいことでしょう。
公的年金の受給期間は終身となっているため、「受給期間が何年を超えると繰り下げて受給するほうがお得なのか」という損益分岐点を1つの目安として用いる方法があります。
これは繰下げ受給しなかった場合に、繰り下げした年齢からの増額分で先に受け取れるはずだった年金額を何年で回収できるか(=損益分岐点)を計算すれば求められます。
例えば、65歳からの年金額を100とすると、繰下げ受給して受給開始の年齢が70歳だった場合、増加する年金額は100×42%=42となります。そして、5年間受け取れなかった年金(100×5年)から増加分の42を割れば、損益分岐点となる年数がわかります。
●損益分岐点の計算式
100×5年÷42=11.9年
ですから、70歳から繰下げ受給を選択した場合、70歳から11.9年後の81歳11ヶ月の時点で受給累計額はほぼ等しくなるというわけです。
また、75歳から繰下げ受給を選択した場合は、100×10年÷84=11.9年となり、増額ペースは変わらないため、75歳から11.9年後の86歳11ヶ月の時点で受給累計額はほぼ等しくなります。これ以上長生きすれば、繰下げ受給が得と判断ができるわけです。
●単純に公的年金の増加(額面)額のみで見た損益分岐点
筆者作成
【70歳から受給(65歳時点よりも年金額は42%増加)】
→ 11年11ヶ月(約82歳よりも長生きすれば、繰下げ受給のほうが多くなる)
【75歳から受給(65歳時点よりも年金額は84%増加)】11年11ヶ月
→ 11年11ヶ月(約87歳よりも長生きすれば、繰下げ受給のほうが多くなる)
上記の通り、額面ベースの損益分岐点は繰り下げ開始後の増加率が一定のため、当初の年金額や繰り下げ期間にかかわらず、計算上常に同じになります。
公的年金の受給額の増加は税・社会保険料の増加に
繰り下げすることで年金額が増額することは前述のとおりですが、そもそも口座に振り込まれる年金は「所得税」「住民税」「(国民)健康保険料」「介護保険料」などが引かれた後の手取り額です。公的年金の繰下げ受給に関しては、額面に対する増加率だけではなく、手取り額もしっかりと考慮した上で、判断したほうがよいでしょう。
繰下げ受給に伴う年金額の増加率(42%や84%)はあくまで額面に対するもので、手取り額の増加率ではありません。年金額が増えれば年金額から天引きされる税金および社会保険料などもつられて増える可能性もあり、手取りベースでも考えるとそこまでは増えないというケースもあります。
具体例を示して、公的年金の額面額の増加率と手取りの増加率の関係性について確認してみたいと思います。
年金繰り下げの損益分岐点は働き方で変わる!
ここでは65歳時点での年金受給額(額面)別に年金収入に対する手取り額、手取り率、税金や社会保険料負担を試算しました。働き方のケースにより、70歳、75歳に繰下げ受給をした場合、それぞれ損益分岐点がどう変化するかを見ていきましょう。
●[ケース1]基礎年金のみ(自営業者や専業主婦、フリーランスなどの働き方)
筆者作成
基礎年金は、未加入期間がある人も多く、受給額平均は70万円弱です。年金額が当初70万円の場合、5年繰下げも10年繰下げも手取りの増加率は意外にも額面をやや上回っています。損益分岐点もともに11年7ヶ月と額面よりやや短縮されています。これは所得が少ない場合または0の場合、社会保険料の軽減措置により相対的に社会保険料負担が小さくなることによるものです。
●[ケース2]女性の厚生年金受給者(一定期間、会社員→主婦・パート等の働き方)
筆者作成
女性の働き方は多様化していますが、出産・子育て・介護等の諸事情で会社に一定期間だけ勤めるという方はまだまだ多いのが現状です。一定期間だけ厚生年金に加入していた場合、もらえる年金額は125万円程度(女性の厚生年金受給者の平均的な金額)ですが、手取りでの増加率や損益分岐点は額面ベースより少し延びた12~13年程度で済んでいます。
●[ケース3]男性の厚生年金受給者(ずっと会社に勤める働き方)
筆者作成
これが、男性の厚生年金受給者の平均受給額では状況が変わってきます。ずっと会社員だった人の場合で約200万円の年金額として試算したものでは、手取りでの損益分岐点は14~15年とかなり延びてしまっています。70歳受給の場合は85歳9ヶ月、75歳受給の場合は89歳9ヶ月が損益分岐点となります。
年金収入に対する公的年金等控除額は120万円で一定であるため、年金が多くなるほどその所得金額が相対的に多くなり、税負担や社会保険料負担が大きくなるのがその理由です。
夫婦単位で繰り下げを検討するのも一案
上記の試算結果では、[ケース1]基礎年金のみ(自営業者や専業主婦、フリーランスなどの働き方)の場合は、手取りでも繰り下げの恩恵をきちんと受けやすいことが分かりました。
通常、年金受給の繰り上げや繰り下げは個人単位で考えることがほとんどですが、一度、夫婦(世帯)単位で老後の資金計画を立ててみることをおすすめします。もらえる年金額は人それぞれに異なりますが、女性の年金額の方が男性よりも低めの場合が多いものです。
繰り下げで年金額が増えると税金や社会保険料の増額や医療・介護負担が上がる可能性がありますが、そもそもベースの年金額が低いほど、その可能性は低めです。平均寿命は男性よりも女性の方が長いといわれています。妻の年金を繰り下げて年金額を増やすことを検討するのも一案です。
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KIWI ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士
長年、金融機関に在籍していた経験を活かし、個人のキャリアプラン、ライフプランありきのお金の相談を得意とする。プライベートでは2児の母。地域の子どもたちに「おかねの役割」や「はたらく意義」を伝える職育アドバイザー活動を行っている。
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