24/02/26
「早死にするから年金繰り上げ一択」と考える人の末路
50代ともなると老後の収入の見通しが現実的になり、関心が集まります。その一方で「いまさら何をやっても年金額は変わらない、どうせ早死にするし」とあきらめてしまう人がいます。しかし、そういって60歳から年金を早くもらい始めると、長生きに対応できなくなってしまいます。安易に年金繰り上げ受給をするとどうなるのか、繰り上げ受給のデメリットを紹介します。
年金は原則65歳からもらえるが、早くもらうこともできる
老後にもらうことができる老齢基礎年金や老齢厚生年金は、65歳から受け取るのが原則です。ただし、希望すれば65歳になる前、あるいは66歳以降に年金を受け取ることができます。年金を早く受け取り始めることを「繰り上げ」といい、遅く受け取り始めることを「繰り下げ」といいます。
このうち、年金の繰り上げは、60歳以上64歳11か月までの好きなときに月単位で請求することができます。請求すると請求した月の翌月分から年金を受け取れます。
ただし、年金の繰り上げをすると、65歳からもらえる年金額にくらべ、減額されます。減額率は65歳になる月の前月までの月数に0.4%を掛けて計算されます。たとえば60歳時点では60か月×0.4%=24%も減額されるのです。
<年金受給の繰り上げと繰り下げ>
筆者作成
繰り上げ受給のデメリットに要注意
「できるだけ早く年金をもらいたい」と思う気持ちは理解できますが、年金を早くもらう繰り上げ受給には年金額が減額される以外にもデメリットがたくさんあります。デメリットをよく理解して繰り上げ受給をしないと、思わぬ不利益を被ることになります。
●減額率は一生変更されない
まず何より、もらえる年金額が減ってしまいます。繰り上げ受給をした時点で年金額が減額されます。65歳になっても本来の額に戻るわけではありません。一度決めた年金の受給率は一生変更されません。また、繰り上げ受給を取り消すこともできません。
●基礎年金、厚生年金ともに合わせて繰り上げ
会社員等で老齢厚生年金をもらえる場合には、特別支給の老齢厚生年金をもらっている場合を除き、老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を繰り上げ請求する必要があります。繰り下げの場合には、基礎年金と厚生年金は別々に繰り下げの請求ができます。しかし、繰り上げの場合には、どちらか一方だけを繰り上げ受給することはできないので、もらえる年金がどちらも減ってしまいます。
また、厚生年金保険の加入期間が20年以上ある人に加算される「加給年金」があります。老齢厚生年金を繰り上げて受け取る場合であっても、加給年金の受け取りは65歳からになります。
●寡婦年金が受け取れない
遺族年金には、国民年金の第1号被保険者として保険料納めた期間が10年以上ある夫が、年金を受け取らずに亡くなった場合に、妻が受け取れる「寡婦年金」があります。寡婦年金を受け取れる期間は、妻が60歳から65歳になるまでの5年間です。しかし、繰り上げをすると、基礎年金を繰り上げ請求した時点で65歳に達しているとみなされるので、寡婦年金は受給できません。また寡婦年金を受給している場合には、寡婦年金を受け取る権利が消滅します。
●障害年金の請求ができない
さらに、病気やケガで一定の障害が生じた場合には、程度により障害年金が支給されます。国民年金の加入を終えた後でも、60歳以上65歳未満で日本国内に住んでいる場合には、障害基礎年金の対象になります。しかし、繰り上げ受給をした後は請求をした時点で65歳に達しているとみなされるため、障害の程度が重くなった場合でも障害基礎年金をもらうことができません。病気やケガの治療中で障害年金の請求の可能性がある人は、損になる可能性があります。
●国民年金の任意加入ができない
国民年金を満額に近づけるために保険料を納める場合には、60歳以上65歳未満の人は任意加入制度があります。保険料の免除があれば、後から納付する追納制度があります。しかし繰り上げ受給をすると、任意加入や追納ができなくなります。
また、公的年金を補う制度として、私的年金制度のiDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)があります。iDeCoは、掛金全額を所得控除ができるなどのメリットを受けながら、老後資金を増やすことができます。2022年の年金改正により、iDeCoの受給開始年齢が75歳まで延長され、加入できる年齢も65歳未満まで拡大されています。受取開始の時期の選択肢が増えたため、さまざまな活用方法が考えられます。
しかし、iDeCoに60歳以降も加入できる人は、厚生年金に加入して働いている人か、国民年金に任意加入している人になります。年金を繰り上げ受給してしまうとiDeCo(イデコ)を利用することができなくなります。
長生きはしないつもりでも平均寿命まで生きたらどうする?
「どうせ早死にするから」「長生きはしないから」と考えていても、寿命は誰にもわかりません。
厚生労働省の簡易生命表(令和4年)によると、平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳です。もし、平均より長生きする場合には、60歳から20年以上も老後の期間が続くことになります。
しかも、健康寿命と平均寿命の差は、男性で約8年、女性で約12年あります。
<健康寿命と平均寿命の推移>
内閣府「令和5年版高齢社会白書」より
本当に年金を必要とするのは、医療や介護が必要で働けなくなったときではないでしょうか。
また、年金はあくまでも「保険」です。大勢の人が保険料を出し合うことで万一の場合を保障するしくみです。健康なうちに年金をもらいたいのか、改めて考えておく必要があります。
受け取る年齢で年金はどう変わる?
老齢年金は、65歳前にもらい始めると月に0.4%減額され、66歳以降にもらうと月に0.7%増額されることになっています。会社員などで老齢厚生年金がもらえる場合にも増加率は同じなので、両方の年金がもらえる場合にはダブルで受給額を増やすことができます。
2024年度(令和6年度)の老齢基礎年金の満額は、81万6000円です。この年金額が変わらないと仮定して、60歳・65歳・70歳・75歳から年金を受給開始した場合の毎年の年金額を計算してみると、もらえる年金額(年額)は、
・60歳開始 76% 60万160円
・65歳開始 100% 81万6000円
・70歳開始 142% 115万8720円
・75歳開始 184% 150万1440円
になります。
次のグラフは、老齢基礎年金の受給開始の年齢ごとに年金の累計額がどのようになるかを示したものです。
<受給開始年齢別年金累計額>
筆者作成
累計額で見てみると、60歳開始は81歳で65歳開始に追い抜かれます。そして、82歳で70歳受給開始に追い抜かれます。86歳ではなんと75歳開始にも抜かれてしまいます。仮に90歳まで生きた場合には、60歳開始と70歳開始の累計額の差は何と約457万円にもなります。
年金をいつからもらうのが一番お得なのかは、「何歳まで生きるか」という寿命で変わってきます。年金額が84%増額される75歳受給開始は、増額率は最も高いのですが、90歳時点では、70歳受給開始の累計額を抜くことはできません。したがって、増額率だけで選ぶとかえって損するかもしれません。一方、60歳から受給開始した場合には、長生きをすればするほど繰り下げ受給した場合の年金額と差が開いてしまいます。
安易に繰り上げすると長生きに対応できなくなる
年金の受給開始は、目先の損得に惑わされず、健康状態や働き方などを考慮に入れ、総合的に考えて判断すべきでしょう。「早死にするから」などと安易に繰り上げ受給を選ぶのではなく、繰り上げ受給のデメリットをしっかり理解しておく必要があります。
厚生労働省の「年金制度に関する総合調査」(令和元年10月)によれば、年金を65歳より前に受け取りたい(受け取っている)理由は、
・自分がいつまで生きられるかわからないので、受取れる間に受け取りたいから (38.2%)
・年金以外の収入がないから (30.1%)
・年金以外の収入では足りないから (13.7%)
となっています。
60歳以降の収入の確保は、事前に準備をしておく必要があり、退職してから慌てて考えてもどうにもならないのです。
老後の生活資金が足りないから「安易に年金を繰り上げ」を選ぶと長生きには対応できなくなることを押さえておきましょう。
【関連記事もチェック】
・ねんきん定期便「放置」は絶対ダメ!放置した人が辿る悲しい末路
・年金生活者に1月届く「公的年金等の源泉徴収票」3つの見るポイント
・遺族年金をもらえない人5選
・年金が78万円上乗せになる「長期加入者の特例」受けられる条件
・申請すれば「32万円」親族が亡くなった後の届け出でもらえるお金5選
池田 幸代 株式会社ブリエ 代表取締役 本気の家計プロ®
証券会社に勤務後、結婚。長年の土地問題を解決したいという思いから、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー(AFP)を取得。不動産賃貸業経営。「お客様の夢と希望とともに」をキャッチフレーズに2016年に会社設立。福岡を中心に活動中。FP Cafe登録パートナー
この記事が気に入ったら
いいね!しよう